風の流れ、陽の光を感じる日本家屋でいつまでも元気に暮らす

お施主様のお宅訪問

2019.03.05

風の流れ、陽の光を感じる日本家屋で
いつまでも元気に暮らす

バリアフリー設計で純和風建築をソーラーサーキットで建てることにこだわったKさんの平屋住宅を訪問しました。

鹿児島県姶良市
Kさんのお家

障子窓から射し込む柔らかい朝陽と共に起床する、Kさんご夫婦。起床後は、ご主人の仁(ひとし)さんは小上がりの畳の間で新聞を読み、奥さまの一子さんは朝食の準備へ。お互いの顔が見える場所で、それぞれの一日がはじまります。

以前は、築100年の日本家屋に暮らしていたおふたり。日本の気候に寄り添うように発展してきた和風建築は“風の流れ”を感じられて気持ちよかったけれど、すきま風で冬の寒さはつらかったと話します。

現在暮らしているソーラーサーキットのお家は同じく純和風建築ですが、「外断熱で保温効果が高く、冬でも家に帰ってくると、ほわんとお日様の暖かさを感じます」と大満足。ソーラーサーキットとの出会いは、11年前まで遡ります。

将来介護が必要になっても譲れない、住まいへのこだわり

体育教師でラグビーを専門にしていた仁さんは、鹿児島県の代表選手として国体に8回も出場したアスリートでした。33歳まで現役で活躍していましたが、両膝を痛めてしまい、将来は車椅子生活となることを覚悟します。一子さんと、「介護が必要になっても安心して暮らせる家を建てよう」と考えていた頃、地元のソーラーサーキット契約工務店であるフツハラが建築中の日本家屋を見かけて一目惚れしたのです。

住まいの条件は、住み慣れている純和風建築であること、将来の介護生活を考えて平屋でバリアフリー設計であること。さらに、フツハラのソーラーサーキットのモデルハウスを体験し、「家の中の空気がきれいで、温度が一定に保たれている」と感じ、直感的に「これは良い!」と思った仁さん。上の2つの条件に、「ソーラーサーキットであること」という項目を加えました。

当時、ソーラーサーキットを取り入れたばかりのフツハラにとって、Kさんは初めてのソーラーサーキットの家づくりのお客さま。現社長の 蓬原(ふつはら)浩二さんは「独特の装飾を備えた純和風建築の外観構造とソーラーサーキットの重要な要素である二重通気の構造の両立は難しいのでは・・・」と頭を悩ませますが、「外観は純和風に、構造はソーラーサーキットで」と譲らないKさんご夫婦。そこで、ベテランの大工集団を束ねていた浩二さんの父・先代社長の義和さんが「よし、俺がつくってみせる!」と、独自の工夫と技を凝らして、現在のお家を完成させました。

ソーラーサーキット初?! 純和風平屋住宅の心地よさ

教師を引退後の今は、地元の氏神さまを祀る神社の神主さんとなった仁さん。「お客さまは同じ目線でお迎えしたい」という一子さんたっての希望で、玄関は畳敷き。しめ縄をくぐり扉を開けると、織り上げ天井と上品な一子さんの笑顔が、訪れるお客さまを気持ちよく迎え入れます。

玄関を抜けてすぐのリビングは、フツハラこだわりの浮造(うづくり)の床。仁さんにとっては、小学生の頃の教室を思い出すのだとか。「昔は登下校も裸足だったから、冬に浮造の教室に入ったとき、足元が暖かくて気持ちよかったんだよなあ」と、懐かしそうに話されていました。

夫婦団欒の時間は小上がりの畳の間で。車椅子でも乗り降りしやすい高さに設定し、足を伸ばせるように掘りゴタツを設けましたが、家の中は冬でも暖かいので、まだコタツを利用したことはないそうです。

その他にも、屋内のスペースを有効利用するために廊下はなくす、トイレの扉や便器の高さは車椅子対応に、キッチンの棚は移動式など、すべてがオーダーメイドのKさん邸。

「方眼ノート2冊分にもなった」という一子さんが描く理想の間取りをすべて叶えたこのお家は、慣れ親しんだ日本家屋の情緒を感じながら、一年を通じて快適な住空間を目指すソーラーサーキット工法を見事に両立させています。Kさんご夫婦にとって、まさに心にも身体にも優しい、終の棲家でした。

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