2020.07.07建築

21世紀世界の先端建築を渉猟する 第27回
Ranging Over the 21st Century World Architecture (#27)

淵上正幸(建築ジャーナリスト) / Masayuki Fuchigami(Architectural Journalist)

ワン・サウザンド・ミュージアム(アメリカ、マイアミ)
One Thousand Museum(Miami, USA)

海側からワン・サウザンド・ミュージアム・パーク越しに見た建物。近隣の建築群とはふと味もふた味も違うユニークなデザインだ。

マイアミにザハ・ハディドが残した形見

常夏のマイアミはリゾート地であるだけに、いわゆるマンションとなると広々としたゴージャスなものが多い。加えてデザインに凝るものが増えてくる。「ワン・サウザンド・ミュージアム」はそのような今日的なマイアミ・スタイルの中で、群を抜いたデザイン性の高い作品ということができる。
 
建物はマイアミのミュージアム・パークという公園の真向かいにある。ビスケーン湾に面した広さ30エーカーの公園は、2013年にマイアミ・ダウンタウンにおける重要な公園のひとつとして開発されたものである。ここには同市の新しいアート・ミュージアムや科学ミュージアムがあり、市民にとっては特に人気のある公園となっている。
 
高さ約213mの超高層集合住宅タワーである「ワン・サウザンド・ミュージアム」は、62階建て延床面積約84,600㎡というかなり大きな集合住宅だ。しかし全戸数はわずかに83戸と少ない。その内訳はタウン・ハウス:4戸、ハーフ・フロア・ユニット:70戸、フル・フロア・ユニット:8戸、ペントハウス:1戸、駐車場260台。これから分かるのは、一番小さな住戸でもハーフ・フロアの広さがあり、各住戸は平均3台分の駐車スペースがあることになる。まさにマイアミならではの豪華さだ。
 
タワーのデザインはザハ・ハディド事務所の超高層ビルに関する研究の成果を引き継いだもので、建物全てに及ぶエンジニアリング技術で裏打ちされた、ザハ特有の流動的建築表現をまとっている。建物のコンクリート・エクソスケルトン(外骨格)は、ペリメーター部分を流体的なラインで構成し、それらが構造的市自体である縦型交差ブレースとなっている。
 
最高階から最低階まで一つの連続したフレームで構成された建物は、上昇するに連れてベース部分から立ち上がった柱が扇形に広がりブレースとなり、コーナー部分で側面からの同じようなブレースと繋がることによって建物をひとつの堅固なチューブとし、マイアミの強い風荷重に対抗している。そのカーブした支持体がハリケーンを物ともしない強固な大ヤゴナル・ブレース(交差ブレース)を形成している。
 
「ワン・サウザンド・ミュージアム」はグラスファイバー強化コンクリート製の型枠を使用し、工事がタワーの上部に進むに連れて所々で残存されている。このような永久的なコンクリート型枠により、また最小のメンテナンスが可能な建築的仕上げとすることができた。
 
エクソスケルトンのフレームが建物のペリメーターにあるため、タワーのインテリア・フロアはほとんどコラム・フリーとなっている。外壁に現れた巨大なブレースの曲率により、各階のフロア・プランは少しずつ異なっている。低層階ではテラスがコーナーからキャンティレバーで出ているのに対し、上層階では巨大なブレースの背後に配されている。
 
アメニティー施設としては、最上階にアクアティク・センター、ラウンジ、イベント・スペースがあり、ランドスケープ・デザインが施されたガーデン、テラス、プールなどはロビーや居住者用パーキングの上部に設けられている。
 
なおザハ・ハディドは2016年3月31日にここマイアミの病院で他界した。ザハ終焉の地に完成した「ワン・サウザンド・ミュージアム」は、彼女の手から生まれた流麗なデザインの形見だ。それは彼女の冥福を祈っているかのような佇まいで、マイアミの海辺に屹立している。
 
ワン・サウザンド・ミュージアム・パーク内から見る。構造体である白い交差ブレースが、構造よりも全くのデザインとして創造されたように見えるのが素晴らしい。

前面の海岸通りから見る。建物北側ファサードにも同じ交差ブレースがあり4面に同じデザインが展開されているのが分かる。

低層部分を見る。球根のような曲面の基壇の左右に1階エントランスがある。

東側ファサード見上げ。ファサード・デザインに構造も含めた、優雅ですっきりとしてファサードの表情は、デザインとエンジニアリングの統合を目指した見事な結果だ。

東側ファサード(左)と北側ファサード(右)のコーナー部をクローズアップ。低層階ではこのコーナーにテラスが設けられている。

最上階にあるアクアティック・センター。壁面と天井が連続する花びらのような華やかなデザインとなって、スイマーの目を楽しませている。

最上階の展望回廊。左手が大西洋側方向。

夕景の中、ひときわ映える「ワン・サウザンド・ミュージアム」。住人は屋上のヘリポートから空港などへヘリコプターを利用できるという豪華さだ。

ペントハウス上階(59階)平面図

ペントハウス下階(58階)平面図

フル・フロア・ユニット(57階)平面図

フル・フロア・ユニット立体プラン

ハーフ・フロア・ユニット立体プラン

Zaha Hadid / Zaha Hadid Architects
Portrait by Brigitte Lacombe
 
 
Photos by Hufton + Crow
Drawings by Zaha Hadid Architects
 
Design: Zaha Hadid(Zaha Hadid Architects)
設 計:ザハ・ハディド(ザハ・ハディド・アーキテクツ)
著者プロフィール

淵上正幸 Masayuki Fuchigami
 
建築ジャーナリスト。東京外国語大学フランス語学科卒。2018年日本建築学会文化賞受賞。建築・デザイン関連のコーディネーター、書籍や雑誌の企画・編集・執筆、建築家インタビュー、建築講演や海外建築視察ツアーの企画・講師などを手掛ける。主著に『ヨーロッパ建築案内』1~3巻(TOTO出版)、『アメリカ建築案内』1~2巻(TOTO出版)、『世界の建築家51人:コンセプトと作品』(ADP出版)その他がある。