ビヤルケ・インゲルスといえば、現代世界建築界においてそのデザイン力、交渉力、組織力など、およそ建築家に必要なパワーを兼ね備えた若手建築家No.1であることは言を持たない。当然彼の作品はスケールの大きな建築、ハイエンドな建築などの作品が多い。しかしここに紹介する「ドルテアベジ・レジデンス」は、そのような範疇から逸脱したアフォーダブル・ハウジングなのだ。
アフォーダブル・ハウジングとは日本語では、手頃な料金のハウジングの意味。早い話がここでは低所得者用ハウジングなのだ。ビヤルケ・インゲルスが事もあろうに、低所得者集合住宅を手掛けるとは、どのような理由から手掛けることになったのか。故郷コペンハーゲンのために一肌脱いだと言えばそれまでだが、彼のことだから単なる低所得者用のハウジングでないだろうことは創造に難くない。
敷地はコペンハーゲンの北西部にあるドルテアベジと呼ばれる、1930年代から50年代の車修理工場や車庫などの工業ビルのあるエリアだ。そこにインゲルスは必要とされるアフォーダブル・ハウジングとパブリック・スペースを生み出し、他方歩行者通路や隣接する手付かずのグリーン広場を開放した。
施主であるデンマーク低所得者ハウジング非営利団体の意図は、低所得者アパートメントを世界一流の建築家に設計してもらうことであった。インゲルスと共に、サステイナブルで、安全かつ機能的で、そこに住む人々が目と目を合わせて生活できる集合住宅を目指した。
敷地6,800㎡に完成した5階建てのハウジングに66戸が収められている。各住戸は60㎡~115㎡の広さをもち、天井高が3.5mもあるという大振りなつくり。しかも開口部は床から天井までフルハイトの大きさという贅沢さ。自然光がたっぷり入り、さらにグリーン・コートヤードの緑も内部に侵入してくる。
建物ファサードの四角いチェッカーボード・パターンはプレファブ構造によるもので、コンクリートと長い木造版でできたスクエアなユニットを、5層に積み上げている。各住戸の南側には、居心地のよいサステイナブルな生活のための小さなテラスもあるので、ファサードに堀の深さを与えている。北側ファサードはコートヤード側でフラットな構成だ。
北側ファサードは囲まれた青々と茂るグリーン・コートヤードに面しており、「ドルテアベジ・レジデンス」の住人と、近隣の住人たちのレクリエーション活動の場として使用している。
「ドルテアベジ・レジデンス」は厳しい予算統制に対する建築的チャレンジであった。インゲルスは控えめな材料によるモジュラー工法にトライし、プレファブ・エレメントを積み上げ、高い室内と殊のほか広いリビング・ダイニング空間を生み出した。経済的不満はしばしば過疎につながるので、インゲルスは個人のみならずコミュニティにも付加価値をつけたハウジングを創造した。