2020.08.04建築

21世紀世界の先端建築を渉猟する 第28回
Ranging Over the 21st Century World Architecture (#28)

淵上正幸(建築ジャーナリスト) / Masayuki Fuchigami(Architectural Journalist)

ドルテアベジ・レジデンス(デンマーク、ドルテアベジ)
Dortheavej Housing(Dorteavej, Denmark)

南側曲面壁の凹んだ中央部は3ユニット分が北側コートヤードへの通路となり、その両側にメイン・エントランスがある。

大ぶりな空間に恵まれたローコスト・ハウジング

ビヤルケ・インゲルスといえば、現代世界建築界においてそのデザイン力、交渉力、組織力など、およそ建築家に必要なパワーを兼ね備えた若手建築家No.1であることは言を持たない。当然彼の作品はスケールの大きな建築、ハイエンドな建築などの作品が多い。しかしここに紹介する「ドルテアベジ・レジデンス」は、そのような範疇から逸脱したアフォーダブル・ハウジングなのだ。
 
アフォーダブル・ハウジングとは日本語では、手頃な料金のハウジングの意味。早い話がここでは低所得者用ハウジングなのだ。ビヤルケ・インゲルスが事もあろうに、低所得者集合住宅を手掛けるとは、どのような理由から手掛けることになったのか。故郷コペンハーゲンのために一肌脱いだと言えばそれまでだが、彼のことだから単なる低所得者用のハウジングでないだろうことは創造に難くない。
 
敷地はコペンハーゲンの北西部にあるドルテアベジと呼ばれる、1930年代から50年代の車修理工場や車庫などの工業ビルのあるエリアだ。そこにインゲルスは必要とされるアフォーダブル・ハウジングとパブリック・スペースを生み出し、他方歩行者通路や隣接する手付かずのグリーン広場を開放した。
 
施主であるデンマーク低所得者ハウジング非営利団体の意図は、低所得者アパートメントを世界一流の建築家に設計してもらうことであった。インゲルスと共に、サステイナブルで、安全かつ機能的で、そこに住む人々が目と目を合わせて生活できる集合住宅を目指した。
 
敷地6,800㎡に完成した5階建てのハウジングに66戸が収められている。各住戸は60㎡~115㎡の広さをもち、天井高が3.5mもあるという大振りなつくり。しかも開口部は床から天井までフルハイトの大きさという贅沢さ。自然光がたっぷり入り、さらにグリーン・コートヤードの緑も内部に侵入してくる。
 
建物ファサードの四角いチェッカーボード・パターンはプレファブ構造によるもので、コンクリートと長い木造版でできたスクエアなユニットを、5層に積み上げている。各住戸の南側には、居心地のよいサステイナブルな生活のための小さなテラスもあるので、ファサードに堀の深さを与えている。北側ファサードはコートヤード側でフラットな構成だ。
 
北側ファサードは囲まれた青々と茂るグリーン・コートヤードに面しており、「ドルテアベジ・レジデンス」の住人と、近隣の住人たちのレクリエーション活動の場として使用している。
 
「ドルテアベジ・レジデンス」は厳しい予算統制に対する建築的チャレンジであった。インゲルスは控えめな材料によるモジュラー工法にトライし、プレファブ・エレメントを積み上げ、高い室内と殊のほか広いリビング・ダイニング空間を生み出した。経済的不満はしばしば過疎につながるので、インゲルスは個人のみならずコミュニティにも付加価値をつけたハウジングを創造した。
 
南側外壁を見る。スクエアなグリッドで覆われているが、凹んだ部分がテラスとなり、彫りの深い表情を見せている。

コーナー部分をクローズアップする。コンクリートに長い木造版を貼り付けたプレファブ・ユニットを積み上げて構成されている。

中央通路部分を見る。通路は北側コートヤードを突き抜け、北側外部へと通じている。

夜景の南側外観。天井高のある室内からの光が大きな開口部から溢れ出て来る。

通路の夜景。木造版が温もりのある雰囲気を醸して北国デンマークでは喜ばれるデザインだ。

天井高3.5mという大きなリビング・ダイニング空間。開口部もフルハイトの大きさで、外光をたっぷり導入して明るいインテリアが生まれた。

リビング・ダイニングのキッチン方向を見る。大きな開口部からテラス越しに街を見晴らす生活は、ローコスト住戸といえども素晴らしい。

夕景の北側コートヤードから見た凸部分の外観。北側にテラスは一切なくフラットな曲面外壁となっている。

ダイヤグラム-1

ダイヤグラム-2

ダイヤグラム-3

ダイヤグラム-4

ダイヤグラム-5

Bjarke Ingels / BIG
Portrait by Jonas Bie
 
https://big.dk/#projects
 
Photos by Rasmus Hjortshoj
Diagram by BIG
 
Design: Bjarke Ingels(BIG)
設 計:ビヤルケ・インゲルス(BIG)
著者プロフィール

淵上正幸 Masayuki Fuchigami
 
建築ジャーナリスト。東京外国語大学フランス語学科卒。2018年日本建築学会文化賞受賞。建築・デザイン関連のコーディネーター、書籍や雑誌の企画・編集・執筆、建築家インタビュー、建築講演や海外建築視察ツアーの企画・講師などを手掛ける。主著に『ヨーロッパ建築案内』1~3巻(TOTO出版)、『アメリカ建築案内』1~2巻(TOTO出版)、『世界の建築家51人:コンセプトと作品』(ADP出版)その他がある。