2020.12.02建築

21世紀世界の先端建築を渉猟する 第32回
Ranging Over the 21st Century World Architecture (#32)

淵上正幸(建築ジャーナリスト) / Masayuki Fuchigami(Architectural Journalist)

フランクリン&マーシャル大学ウィンター視覚芸術ビル(アメリカ、ペンシルヴァニア州)
Winter Visual Arts Building, Franklin & MArshall College (Pennsylvania, USA)

北側から伸びた空中ブリッジが樹間に浮く建物の2階レベルにアクセスする。

優美な連続するU字形壁面の建築が樹間に浮遊する

フランクリン&マーシャル大学はペンシルヴァニア州の南中央部に位置するランカスター市にある1787年創立の大学で、ベンジャミン・フランクリンの資金援助で創設された由緒ある大学である。敷地には優に200年を超える老木が茂り、素晴らしいキャンパすを演出している。
 
建物は長方形キャンパスの南西側コーナーブに位置している。大学のモットーである”Lux et Lex”(光と法)に鑑み、美術・美術史&映像学部の新しい建物は古い重々しいレンガ造りのメイン・ビルに対比して、明るく軽やかな印象の建物になっている。建物は段差のある敷地の低い方にあり、高い方のキャンパスから空中ブリッジでアクセスする仕組みだ。
 
キャンパスの中心軸から延びたアクセス・ブリッジは、2階のメイン・エントランスに繋がる。丁度その真下には1階のエントランスがあり、新しくできた”アーツ・クワッド”と呼ばれる”美術の中庭”に面している。
 
52エーカーに渡るフランクリン&マーシャル大学の植物園のようなキャンパスにおける太い老木群は、当大学における最古の歴史的エレメントであり、今回の新棟におけるデザイン・コンセプトの生みの親になっている。つまり新棟の造形的ジオメトリーに多大の影響を及ぼしているのだ。重々しくなく軽快な建物として、メイン・フロアは隣接するブキャナン公園に開かれた1階の上部で、木立の中に浮遊する2階レベルに設定された。
 
メインとなる2階は小さな1階部分よりはるかに広く、樹間に浮遊するワイドなフォルムとなっている。特に目立つのは、2階部分の外壁がすべて凹面(U字形)に湾曲した優美な壁面が連続していることだ。スティーヴン・ホールは設計にあたって、敷地の老木は1本も切らず、また樹木の根も十分保護して基礎を打ったという。つまり老木群の樹間に建物を巧みに配したのだ。
 
そのため建物に近接する老木をいたわって、外壁を凹面として老木と建物の間の距離を取ったデザインを施した。「老木の、老木による、老木のためのデザイン」ということになる。敷地の構成エレメントからデザインのヒントをすくい上げるのは建築家の能力のひとつだが、さすがは世界的な建築デザインのベテラン、スティーヴン・ホールの面目躍如といったところか。
 
延床面積約3,00㎡の建物は、キャンパスにおけるクリエイティブ・ライフの中心だ。「ウィンター視覚芸術ビル」の空間が生み出すアートというユニバーサル・ランゲージによって、多方面の文化領域からの学生がアート・プロジェクトに協力したいと集まっている。また1階にあるフォーラムやギャラリーの展覧会には、ランカスター地区の周辺コミュニティから多くの人が参加している。
 
建物は1階のフォーラムを中心に、ふたつのギャラリー、彫刻・プラスター・粘土・メタルのスタジオがある。これは外部にあるオープン彫刻ガーデンに近接させるためである。2階はコモンズ(集会スペース)を中心に、プリントメイキング、階が、デザイン、木工、ドローイングの各種スタジオと映写室(シネマ)があり、メザニン階には学生スタジオをはじめ、学科スタジオ、セミナー・ルーム、バルコニー等がある。地階はフィルム・ラボやフォト・スタジオをはじめ、暗室、ビデオ編集室など、すべてが映像関係のスタジオや諸室になっている。
 
なお2階のスタジオは、すべて半透明な壁面を通して自然光を享受する斬新なデザイン。これは”U字形2重構造半透明ガラス”を使用したもので、太陽光を19%透過させている。また各スタジオには開閉の操作可能な窓とスカイライトが装備されて、明るい室内環境が保たれている。なおコロナ対策も十全で、ソーシャル・ディスタンスやテラスの位置をはじめ、換気のためにふたつのメイン・エントランスや広いソーシャル・スペースにより一方向のエア・フローを確立。すべての部屋に十分な自然採光、自然換気が可能だ。
 
夜間「フランクリン&マーシャル大学ウィンター視覚芸術ビル」は、浮遊する形態が大きな反射プールに姿を映し、えも言われぬ幻想的な雰囲気を醸す。建物はキャンパスの南西側を活性化し、学生たちを惹きつける学内の新名所となっている。

 
西側からの全景。2階の外壁がU字形壁面の連続で構成されている。

老木と建物の取り合いを見る。老木からヒントを得たスティーヴン・ホールは、老木に面する壁面をU字形に凹ませて優雅な外観をデザインした。

1階のフォーラムと呼ばれるイベント・ホール。正面に見えるエントランス・ドアの左手にギャラリーが2室ある。

2階とメザニン階にまたがる映写室(シネマ)。

メザニン階のセミナー・ルームからバルコニーを見る。

美術史室から階がスタジオを見下ろす。

2階のスタジオにはすべてU字形2柔構造半透明ガラスが使用され、操作可能な窓とトップライトが装備されて明るい換気のよい空間となっている。

夜景の「ウィンター視覚芸術ビル」は特徴ある姿を反射プールに映して瀟洒な佇まいだ。

配置図

地階平面図

1階平面図

2階平面図

長手断面図

カラー・スケッチ

Steven Holl
Portrait by Steven Holl Architects
 
 
Photos by Paul Warchol
Drawings by Steven Holl Architects
Watercolor by Steven Holl
 
Design: Steven Holl
設 計:スティーヴン・ホール
著者プロフィール

淵上正幸 Masayuki Fuchigami
 
建築ジャーナリスト。東京外国語大学フランス語学科卒。2018年日本建築学会文化賞受賞。建築・デザイン関連のコーディネーター、書籍や雑誌の企画・編集・執筆、建築家インタビュー、建築講演や海外建築視察ツアーの企画・講師などを手掛ける。主著に『ヨーロッパ建築案内』1~3巻(TOTO出版)、『アメリカ建築案内』1~2巻(TOTO出版)、『世界の建築家51人:コンセプトと作品』(ADP出版)その他がある。