2021.05.07建築

21世紀世界の先端建築を渉猟する 第37回
Ranging Over the 21st Century World Architecture (#37)

淵上正幸(建築ジャーナリスト) / Masayuki Fuchigami(Architectural Journalist)

ナンシー&リッチ・キンダー・ミュージアム(アメリカ、ヒューストン)
Nancy & Rich Kinder Museum(Houston, USA)

南側から俯瞰した建物全景。屋根面は凹面形のキャノピー群で覆われている。建物左端が面する道路の向かい側に、わずかに見える黒い建物がミース・ファン・デル・ローエの「ヒューストン美術館」。

半透明ファサードが包むクラウド形の美術空間

「ナンシー&リッチ・キンダー・ミュージアム」は、全てのファサードの1階レベルにガーデンを挿入させた多孔性が特徴となっている建築である。各ファサードに織り込まれた7つのガーデンが、エントランスおよびその他の建物全周のエレベーションにリズムを与えている。ビソネット通りとメイン・ストリートの交差点に位置する最も大きなガーデンが、ヒューストン・キャンパスの新しい美術館への中央エントランスの位置を示している。
 
「キンダー・ミュージアム」のエントランス・ロビーに立つと、ガーデンとヒューストン・キャンパスの茂った植栽が4方向に見え、新しい開放性によって近隣コミュニティーを招き入れるエネルギーを感じることができる。
 
テキサスの空の下に、新しい美術館の屋根を覆うユニークかつ明るいキャノピーが広がっている。クラウド(雲)の曲面から発想された凹面カーブが、屋根の幾何学的形態を決定している。自然光が凹面形屋根のスリットから侵入し、天井がクラウド形(凸面形)をもつ最上階のギャラリー群にパーフェクトな明るさをもたらす。2層に渡って水平的に展開されているギャラリー群は、全て自然光を取り込んでいる。
 
カーブした天井の下側は光のレフレクターとなり、個々のギャラリーの展示状況に応じてスライスされた光を取り込む。これらのカーブした光のスライス群は、ギャラリー・スペースをユニークな方法で演出する。それは新しいキャンパスを特徴づける繁茂した植物や水というオーガニックな雰囲気に呼応している。光は機械的に反復するようなものでなく、ギャラリー全体の状況を反映して流動的な表情を見せている。
 
ギャラリーからギャラリーへの移動は、植物用のトレリスでグレアーを抑えた7つのガーデンへの景色で分割される。ギャラリー群は、オープン・フォーラムの周囲に展開されている。この中央フォーラムはアート・エキジビション用の広い空間であり、上階への垂直動線にもなっている。
 
「キンダー・ミュージアム」の外壁はスティーヴン・ホール・アーキテクツの40年以上にわたる、半透明マテリアルの現象に関する研究のひとつの成果である。厚手の半透明ガラス・ファサードは導入される自然光の新しい知覚形態を創造する。すなわち内部に光を拡散させ、熱を含まないルミネセンス(冷光)を放つのだ。
 
 
厚さのある半透明性材料を新しい手法で生み出すために、ホール事務所ではアクリルのロッドを半分に割き、それらをアクリル・シートにラミネートさせた。すると光は内部で輝き、アーチ状の光のバリエーションとレフレクションを曲面壁のインテリア空間に投影する。それが今回の建物に使用されている外壁の半透明ガラスだ。
 
半透明ガラスで覆われた水平な建築である「キンダー・ミュージアム」は、そのイノヴェイティブなガラス・チューブのファサードが、アラバスターのようなソフトなテクスチャーを見せている。直径約90cmのガラス・チューブは上部と下部がオープンになっており、エア・サーキュレーションによるチムニー効果で、ソーラー・ゲインを70%も減じている。
 
このコンセプトは、コンペ時におけるスティーヴン・ホールの提案のひとつで、近隣にあるミース・ファン・デル・ローエ 設計の透明ガラスによる美術館と、ラファエル・モネオ設計のオパーク・ストーンの美術館とは著しいコントラストを見せている。
 
夜間、明るく光を放つ半透明ファサードは、ウォーター・ガーデンに映り込み、近隣住民のミュージアムへの参加を誘っている。
 
西側外壁を見る。外壁は半透明のガラス・チューブを縦に割いた半円形のチューブで覆われている。内部にルミネセンス(冷光)を放つ優れものである。


道路に面したロビー空間からガラス越しにミースの外部逆梁が特徴な「ヒューストン美術館」が見える。

ストリート・レベルのギャラリー。庇の端部にわすかに半透明ガラス・チューブの下端が見える。


3層吹抜けた中央アトリウム。中央にアレクサンダー・カルダーのモビールが浮いている。


中央アトリウムを見上げる。凸面状のキャノピー群がユニークな天井形態を構成している。

3階の天井を見る。複数のキャノピーが輻輳し、それらのスリットからスライスされた光が侵入する。


中央の凸面状のキャノピーの両サイドにあるスリットから自然光がこぼれる。


アイ・ウェイウェイのアート作品「ドラゴン・レフレクション」。

配置図

1階平面図

2階平面図

3階平面図

屋根伏せ図


断面図BB

スケッチ-1:ミュージアムとマスタープラン

スケッチ-2:配置スケッチ。下側左がミースで、右がラファエル・モネオの美術館。

スケッチ-3:屋根面のコンセプト。雲の丸みで生まれた凹面キャノピー群

Steven Holl / Steven Holl Architects
Portrait by Steven Holl Architects
 
 
Photos 1~8 by Peter Molick / Photo 9 by Thomas Dubrock
Watercolors by Steven Holl
 
著者プロフィール

淵上正幸 Masayuki Fuchigami
建築ジャーナリスト。東京外国語大学フランス語学科卒。2018年日本建築学会文化賞受賞。建築・デザイン関連のコーディネーター、書籍や雑誌の企画・編集・執筆、建築家インタビュー、建築講演や海外建築視察ツアーの企画・講師などを手掛ける。主著に『ヨーロッパ建築案内』1~3巻(TOTO出版)、『アメリカ建築案内』1~2巻(TOTO出版)、『世界の建築家51人:コンセプトと作品』(ADP出版)その他がある。