2021.07.02建築

21世紀世界の先端建築を渉猟する 第39回
Ranging Over the 21st Century World Architecture (#39)

淵上正幸(建築ジャーナリスト) / Masayuki Fuchigami(Architectural Journalist)

アップル・マリーナ・ベイ・サンズ シンガポール 
Apple Marina Bay Sands (Singapore)

夜景のマリーナ・ベイを見下ろす。対岸の中央よりやや右側に曲がった桟橋があり、その左側に白く見えるのがマーライオン。

水面に浮遊するガラス・ボールのiPhone空間

シンガポールの「マリーナ・ベイ・サンズ」といえば、モシェ・サフディが設計した誰もが知る著名ホテル。このホテルの登場で、シンガポール観光というとマリーナ・ベイ界隈が益々脚光を浴びるようになった。きっとマーライオンもびっくりしているだろう。
 
さらにマーライオンを驚かせたのが、マーライオンの対面でマリーナ・ベイ・サンズ側の岸辺の水面にひょっこり出てきたのが、可愛げなガラス・ボール形の建築である。このガラス・ボールは、アップルがシンガポールの都市に進出していく橋頭堡となる「アップル・マリーナ・ベイ・サンズ」だ。
 
建物はシンガポール湾の水面にユニーク極まりない姿を現した。直径30mのガラス・ドームは低部をブラック・ガラスで覆い、そのシスター・パビリオンをスケールと物質性により補完している。
 
デザインはアップルのデザイン・チームとフォスター事務所のエンジニアリングとデザイン・チームの緊密な協働によるものである。「アップル・マリーナ・ベイ・サンズ」は、透明性と影が織りなすデリケートな相互作用の効果が話題となっている。
 
建物は内外空間の結界を溶融させ、水面に静かに浮かぶミニマルなプラットフォームを形成している。そこからはマリーナ・ベイとスペクタキュラーなシンガポールのスカイラインを仰ぎ見ることができる。
 
構造的にはドームはスティールとガラスのハイブリッドなシェルとして機能している。カーブした構造的なガラス・パネルは側面からスティール・エレメントを支え、側面からのロードに対抗する全体的な形態を強固なものにしている。
 
ガラス面にインテグレートされた日除けにより、インテリア・スペースはクールさを保っている。114枚ある個々のガラス・パネルは、シンガポール独自のサステイナビリティ評価システムである、BCAのグリーン・マークで決められたガラスの性能指標にマッチするものが選ばれている。
 
各々の多機能的同心円サンシェード・リングは、建物の頂部に近づくにつれて小さくなり、店内の雑音吸収効果も発揮している。さらに重要なことは、それらが昼光を拡散させ上部のバッフルへと反射させ、ストラクチャーそのものを非物質化させるマジック効果を創造しているのだ。頂部にあるセミ・オパークなオキュラス(中心眼)は、有名なローマの「パンテオン」を想起させるような、空間をよぎるドラマティックな光のシャフトを現出させる。
 
ドームそのものはエフェメラルな存在だ。その効果は非常に静かで、光の変化する強さと色彩は非常にチャーミングな印象。それは単にアップルの驚異的な商品へのセレブレーションのみならず、光への賛歌とでもいえそうだ。
 
シンガポールが理想とするガーデン・シティのイメージが、ソフトな日陰をもたらすペリメーターに配置された10本の樹木と共に、インテリア空間に流れ込む。樹木群はレザーを貼ったプランターに植え込まれているが、来客はそのレザーの上に座り、店内の雰囲気やマリーナ・ベイのファンタスティックな景色をエンジョイすることができる。
 
「アップル・マリーナ・ベイ・サンズ」へは、マリーナ・ベイ・サンズのショップスを通して、長さ45m幅7.6mの通路の両側に配されたアップル特有のアヴェニュー・ディスプレイがある、カーブした石のエントランスへとアクセスする。これが直接ドラマティックなエスカレーターに繋がっている。両サイドがミラーの壁になったエスカレーター・シャフトの中を上昇していくと、ビジターは万華鏡のごとき目くるめく体験に圧倒される。
 
華麗な夜景のビル群を背景に、マリーナ・ベイに出現したガラス・ボールの「アップル・マリーナ・ベイ・サンズ」。

ストライプ状のサンシェード(日除け)越しに、夜景のガラス・ボール内部を見る。

カーブを描くアプローチ・ブリッジとガラス・ボール。

昼間のガラス・ボールは反射があって内部は見にくい。

インテリア空間を見晴らすと、上部には同心円状に小さくなっていくサンシェードの中心部にオキュラス(円形窓)がある。

ローマの「パンテオン」にあるオキュラスと同じように、太陽の光のシャフトを導入することができる。

地下から見上げた両サイドが鏡面仕上げとなったエスカレーター・シャフト。

エスカレーターが1階に着く途端に視界が開け、光のリングの中心部に来る驚異的な演出である。



※なお、この作品のドローイング等は一切ありません。



Norman Foster/ Foster + Partners
Portrait by Julian Cassady

https://www.fosterandpartners.com/

Photos by Finbarr Fallon
 
著者プロフィール

淵上正幸 Masayuki Fuchigami
建築ジャーナリスト。東京外国語大学フランス語学科卒。2018年日本建築学会文化賞受賞。建築・デザイン関連のコーディネーター、書籍や雑誌の企画・編集・執筆、建築家インタビュー、建築講演や海外建築視察ツアーの企画・講師などを手掛ける。主著に『ヨーロッパ建築案内』1~3巻(TOTO出版)、『アメリカ建築案内』1~2巻(TOTO出版)、『世界の建築家51人:コンセプトと作品』(ADP出版)その他がある。