2022.07.06建築

21世紀世界の先端建築を渉猟する 第51回
Ranging Over the 21st Century World Architecture (#51)

淵上正幸(建築ジャーナリスト) / Masayuki Fuchigami(Architectural Journalist)

フルトン・マーケット・ウエスト800(アメリカ、シカゴ)
W800 Fulton Market(Chicago,USA)

「フルトン・マーケット ・ウエスト800」は、同じSOMが設計したシカゴの超高層である「シアーズ・タワー(現・ウイリス・タワー)」を背景(右)に親子のような佇まい。

●新しいワーキング・スタイルを実現するシカゴ最高のスマート・ビル

シカゴで急速な開発が進展するエリアのひとつ、フルトン・マーケット地区にSOM(スキッドモア・オーウィングズ & メリル)が設計した「フルトン・マーケット・ウエスト800」が完成した。高さ約100mの建物は複合オフィス・タワーで、パンデミックに対応したデザインにより、インドア&アウトドア・ワーキングが可能な7つの植栽されたテラスをはじめ、支援的スマート・ビル・システムまでを内包している。

「フルトン・マーケット ・ウエスト800」は、LEED(環境評価基準)のプラチナム認証を受けているサステイナブル・デザイン建築。その他にもワイヤードスコア・プラチナム、スマートスコア・プラチナムなどの認証を受けている。また健康ビル評価基準の認証も受け、アスペン・グループなど一流企業のオフィスにもなっている。

建物は歴史的な低層の歴史的街区のリズムやスケールに合わせたデザインで、シカゴ・ダウンタウンの高層ビルにも段状のテラス群で対応している。近隣界隈の工業的キャラクターの影響を受けて、19階建ての建物はレンガとガラスのファサードと、露出した構造的なスティール・ブレースを特徴とし、他方現地の樹木や草花をランドスケープされたゆとりのあるアウトドア・スペースに植樹し、テナントを外部へと誘っている。

当初SOMの設計部は、フルトン・マーケットの歴史的工業的イメージの一部としてデザインしていたが、新しく活気に満ちたエリアというプレッシャーも認識していた。こうした感覚から、近隣コンテクストや有名なシカゴのスカイラインとの対話を通して、材料の選択や優雅な段状フォルムなどが生まれた。

建物は、ウェルネス、サステイナビリティ、エネルギー効率を助長するスマート・ビルディング・システムを装備している。これによりテナントと建物をベストな状態にサポートするために、クラウド・ベースのマシン・ラーニングによる経験的知識を、管理と問題解決の担当であるプロパティ・チームに提供する。このシステムは空間をモニターしつつ、建物全域にフレッシュ・エアを送っている。

さらに建物にはテナント用の電気自動車&スクーター用の充電スタンドをはじめ、アクセス制御用の中央化されたテナント・モバイル・アプリ、さらに社員が種々のアメニティをエンジョイできるシステムが導入されている。建物のライフ・サイクルやサステイナブル・デザイン・プログラムを多面的に分析することで、設計チームはAIA(アメリカ建築家協会)の2030年の排出削減目標に合った商業オフィスに比較して、建物の躯体や構造に含まれるカーボンを65%削減することができた。

「フルトン・マーケット ・ウエスト800」はその外壁に表現されたスティールの交差ブレースによって目立つ存在だ。それは、SOMの構造表現に特徴がある建築を創造するという伝統を反映させたものである。シカゴの厳しい冬や強風に対処し、フレームは寒冷時を考慮して狭め、温暖時には開くようにデザインしている。建物の北側に沿って懸垂されたガラスによるコアと共に、このユニークな構造システムは、広くオープンなフロア・スペースと、フレキシブルで光に溢れたワーク・スペースを確保している。

内部に目を向けると、3層吹抜けのメイン・ロビーにはキャンティレバーの階段や中2階が、層状になったアクティビティ・スペースを創出している。コンクリート打放し、木、赤煉瓦といった材料は近隣界隈の工業的イメージからインスパイアーされ、建物の外壁によく合っている。ロビー空間はインフォーマルなアトモスフィアに満ちて、賑わうストリート・スペースに容易に溶け込む場所になっている。

店舗、コミュニティー、会議空間、フィットネス・センター、ラウンジなどの活気あるミックスにより、建物は一日中賑わいに溢れている。18階と19階にはルーフトップ・バーやテラスがあり、ビジターはシカゴのパノラマを満喫することができる。


高さ約100mの建物は賑わうストリートより段状にセットバックしている。妻側には建物の構造的なシンボルである交差ブレースが見える。


SOMデザインの特徴である構造デザインが建物の顔となり、ユニークな形態の交差ブレースは躍動感溢れる表情を建物に与えている。


正面側上部から建物を俯瞰する。18階の白い床のルーフトップ・テラスが見える。


エントランス正面を見る。交差ブレースをくぐって入館するのはちょっとユニークな体験となる。


赤いレンガ壁沿いの階段が上昇し、メザニン階の薄いフロアがキャンティレバーで宙に浮くデザインは、まさに「フルトン・マーケット・ウエスト800」圧巻のスマートなデザインだ。

18階のルーフトップ・テラスを内部より見る。交差ブレース越しにワイドなパノラマがエンジョイできる特等席である。


ルーフトップ・テラス夜景。ワイドなシカゴの夜景を楽しみながら過ごせるナイトスポット。


1階平面図



7階平面図


15階平面図



正面側立面図




SOM (Skidmore, Owings & Merrill)

https://www.som.com/

Photos by Dave Burk

Design: SOM (Skidmore, Owings & Merrill)
設計:SOM(スキッドモア・オーウィングズ & メリル)



著者プロフィール
 
淵上正幸 Masayuki Fuchigami
建築ジャーナリスト。東京外国語大学フランス語学科卒。2018年日本建築学会文化賞受賞。建築・デザイン関連のコーディネーター、書籍や雑誌の企画・編集・執筆、建築家インタビュー、建築講演や海外建築視察ツアーの企画・講師などを手掛ける。主著に『ヨーロッパ建築案内』1~3巻(TOTO出版)、『アメリカ建築案内』1~2巻(TOTO出版)、『世界の建築家51人:コンセプトと作品』(ADP出版)その他がある。