2022.12.07建築

21世紀世界の先端建築を渉猟する 第56回
Ranging Over the 21st Century World Architecture (#56)

淵上正幸(建築ジャーナリスト) / Masayuki Fuchigami(Architectural Journalist)

BelView Tower (Vienna, Austria)
ベルビュー・タワー(オーストリア、ウィーン)

ウィーン中央駅に赤い列車が入ってくる。そのプラットフォームの向こう側に白亜の「ベルビュー・タワー」が立っている。

建築好きにとってウィーンと聞くと、20世紀の巨匠アドルフ・ロースやルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタインを思い出す。前者は世界的に著名な「アメリカン・バー」(ロース・バー)を、後者は「ストンボロウ邸」を設計した。ウィーンに行くと必ず寄りたいのが「アメリカン・バー」だ。薄暗くちょっとミステリアスなアトモスフィアで、かつては娼婦がたむろしていたという話を聞いたことがある。

だがいきなり「アメリカン・バー」に行くのはもったいない。同じケルントナー通りの少し南側にコープ・ヒンメルブラウが設計した「ライス・バー」がある。ここはシャンペン・バーだが、ここで下地をつくってから、はしごして「アメリカン・バー」へと行くのが、建築とお酒を同時に味わえる特別コースと、同地を数回訪れた自分は思っている。

さてこのコープ・ヒンメルブラウが近年設計したのが、「ベルビュー・タワー」だ。ウィーン駅のすぐ近くという好立地に建った建築は賃貸マンションである。かつて彼らの作品はいわゆるデコン(デコンストラクティヴィズム=脱構築主義)という範疇の建築として知られていた。そうしたアヴァンギャルドな作品を得意としていた彼らが、比較的落ち着いたアパートメントを設計した。

「ベルビュー・タワー」は、カルエィエ・ベルヴェデーレ地区にあるシュヴァイツアー・ガルテンという緑の多い公園近くにある。建物には249戸のアパートメントがあり、2 ルーム・タイプが234戸、3ルーム・タイプが15戸ある。小さいルーム・タイプが多いのは、独身か若いカップルの入居者を想定したコンセプトがあるようだ。

このレジデンシャル・タワーの形態は、アメーバーのような有機的なフォルムで流れるようなモノリシック・ストラクチャーとなるよう考案された。ペリメーターのパラペットは、白い粉体塗装アルミニウム製と高価な仕上げで、これが建物全体の外壁をぐるりとカバーしているが、あるところでは途切れている。それはその外壁部分の環境的ファクターが異なるからなのだ。つまり風当たり、騒音、日当たりなどが異なるので、それに対応したデザインが成されている。その結果ひとつの建物のファサードでも場所によってデザインが異なるという、微に入り細を穿った処理をほどこしているのだ。

各アパートメントには天井冷房と床暖房が装備されている。さらにウィーンの魅力的な景観を見晴らすバルコニーがあり、高度なアウトドア・リビングを可能にしている。日射が限定される部分では、建物の一部が突出しており、適切な自然光と景色を取り込むためのメタル製の出窓となっている。

「ベルビュー・タワー」の外壁はプラスター断熱合成ファサードでデザインされている。さらに開口部は固定された3重ガラスか、もしくは回転式、あるいはアルミニウムとガラスによる傾斜式エレメントになっている。ガラス張りの1階部分はポスト&ビーム構造か、アルマイトで作られたメタル被覆ウォール・パネルで構成されている。エントランスは1階ファサード中央部に配されている。

アパートの住民は、地下のサウナ・エリアにあるプロ仕様の器具を備えたフィットネス・ルームを使用できる。またキッチンがあるコモン・ルームはランドスケープされたプラザにアクセスでき、そこでは住民同士が交歓したり、種々の活動をシェアできる。またアパートメントにはコイン・ランドリーがあるので、住民に洗濯機は不要だし、送受の郵便ボックスがあるので郵便局に行く必要もない。地下パーキングからアパートへは、バリア・フリーでアクセス可能となっている。建物はDGNB(ドイツ持続可能な建築物評議会)よりゴールドの認証を得ている。

青空を背景に白い上品な出で立ちで佇む「ベルビュー・タワー」。凹面形の中央部が影のように見えるのはパラペットの外壁材料が違うためである。

妻側の上階外壁は白い滑らかな曲面を描いて流れるような表情。

妻側から見ると、裏側に当たる凸面側の下側は賑やかなファサードになっている。

妻側ファサードはバルコニー部分が比較的に透明ガラスのパラペットになっている。

正面側1階中央部にエントランスがある。

エントランス・ホール。左手の赤い壁にCOOPHIMMELBLAUと堂々と書いてある。また正面の白い壁に、晴れた空の絵が描いてあるのはコープ・ヒンメルブラウ(青空)の意味である。

1階平面図


2階平面図

3階平面図

Design: Coop Himmelblau
設計:コープ・ヒンメルブラウ
Wolf D. Prix/ Coop Himmelblau
Portrait by Zwefo

https://coop-himmelblau.at/

Photos by Duccio Malagamba
Drawings by Coop Himmelblau




著者プロフィール
 
淵上正幸 Masayuki Fuchigami
建築ジャーナリスト。東京外国語大学フランス語学科卒。2018年日本建築学会文化賞受賞。建築・デザイン関連のコーディネーター、書籍や雑誌の企画・編集・執筆、建築家インタビュー、建築講演や海外建築視察ツアーの企画・講師などを手掛ける。主著に『ヨーロッパ建築案内』1~3巻(TOTO出版)、『アメリカ建築案内』1~2巻(TOTO出版)、『世界の建築家51人:コンセプトと作品』(ADP出版)その他がある。