2023.05.10建築

21世紀世界の先端建築を渉猟する 第61回
Ranging Over the 21st Century World Architecture (#61)

淵上正幸(建築ジャーナリスト) / Masayuki Fuchigami(Architectural Journalist)

Quzhou Stadium(Quzhou, China)
衢州市(くしゅうし)スタジアム(中国、衢州市)

湖越しに「衢州市スタジアム」の全景を見る。スタジアムのキャノピーが全体的にうねっているのが分かる。右手背後には街並みが迫っている。

中国の浙江省にある700,000㎡の広さを誇る衢州市スポーツ・パークの中心施設として、MADがデザインした「衢州市スタジアム」が竣工した。衢州市は上海の南西側400kmにあり、その東側と西側は緑濃き森林に覆われている。建物のうねった形態は遠望する山並みを反映したものであり、他方、そのランドスケープ(建物の足元周りの盛土部分)は、科学小説家によって描かれた幻想的な惑星のそれを喚起するイメージがある。

「衢州市スタジアム」は延床面積58,500㎡で、観覧席は30,000席という大きさにも関わらず、周辺ランドスケープより突出したオブジェではなく、それに連続しているように構成されている。世界中の都市環境の中にある典型的な要塞のようなスタジアムと違って、MADアーキテクツは多くの技術を駆使し、周辺パブリック・スペースにオープンなスタジアムも完成させることができた。

MADはスタジアム・グラウンドを、都心に近いダイナミックなアスレティックかつレジャー的なレクリエーション的公園スペースとして考えており、また人間と自然の精神的なコネクションのための場とも考えている。MADにとって、「衢州市スタジアム」は従来のスポーツ建築とは一線を画す建築なのだ。それは自然に溶け込み、人々が集まりスポーツ精神をシェアすることを歓迎するランド・アートとして考案された。このようなコンセプトにより、建物周りのトポグラフィーのうねりはスロープ状のファサードへとつながっており、エントランスは緑のランドスケープと建物がつながるところにある。スタジアムがクローズされた時でさえ、来館者はランドスケープを自由に歩くことができる。

遠くから見ると、このエリアのランドスケープ上部に張り出した大きな”ハロ“(光背、後光)のような「衢州市スタジアム」は、同市における最新のジュエリーにも例えられそうだ。徒歩でアクセスするビジターは、8つあるエントランスのひとつからスタジアムのキャノピーにいたるが、それらは大波のように頭上を覆う2重曲面のサーフェスとなっている。巨大なキャノピー全体はわすか9箇所で地上から支持されているだけで、支持部分同士のスパンは最大95mにも及んでいる巨大さ。そのため建物は空中に浮かんでいる感じで、スタジアム内部からは同市の切り取られた種々の景観が遠望できる。

スタジアムを支えている60本のコンクリート製の壁柱は、木目調の滑らかなコンクリート・シート壁で構成され、それが温もりのあるテクスチャーを生み出し、インテリアとエクステリアの境界を曖昧にしている。キャノピーの内側は自立するスティール柱で支持されており、その上は半透明な膜材で覆われ、ロング・スパンのデザインに必要とされる複雑な構造となっている。キャノピーは巨大なスティール・フレームで構成されているが、非常に軽やかに見えるのは下半分が光を通すフッ素樹脂の膜で覆われているためである。これは微穿孔(小さな穴)が穿たれており、スタジアム全体の音響効果を上げている。キャノピーの上半分はより緻密なフッ素樹脂で覆われ、雨が観覧席に入るのを防いでいる。

うねる形態はスタジアム内部にまで及んでいる。クレーターのような内部には30,000席があり、市街地や周囲の山々も見晴らすことができる。観覧席は周辺ランドスケープに対応してうねっており、上部の白いキャノピーと下部の緑が視覚的な対照をなしている。観客へ居心地よい空間を提供し、スタジアムはさらにサステイナブル・デザインを広く取り入れている。観覧席とアリーナに加えて、「衢州市スタジアム」のほとんどの施設は地上階より下側にセッティングされている。

芝生のスロープには大きな開口部が穿たれ、自然光がパーキング・ガレージ、スタジアムの入口、その他の施設に注がれる。スタジアムは建物が雨水を吸収し、貯蔵し、浸透させるようになっている。それは大雨などよるダメージから建物を守るという効果があり、さらに温度変動やエネルギー消費の大幅な削減につながる。MADは植栽として、水の貯蔵を助長するためにメンテナンスをほとんど必要としないこの地域の特殊な植物を選んだ。他方スタジアムの看板は石とメタルで構成され、ランドスケープに馴染むよう地上に配置されている。使用したコンクリート全てはこの地方で生産されたもので、全施工プロセスにおける材料の輸送に関するカーボン・フットプリント(CO2の排出量)を最小にしている。

「衢州市スタジアム」は、衢州市スポーツ・パーク・コンプレックスに予定されたふたつの建物の最初に完成したものである。2018年に発表され、10,000席の体育館、2,000席のプール、科学技術博物館、ホテル施設、青年センターおよび店舗施設が予定された。パークに完成した建物群のデザインは、アスレティック施設の構造的強さを表現した伝統的な観点から離れて、微妙なインテリアの美しさを提示した現代的なものになった。

スタジアムを俯瞰する。うねった白い屋根部分は光を通すフッ素樹脂の膜で覆われている。照明タワーが2本、ユニークは形態で聳えている。

盛土したスロープ面は緑に覆われ、スタジアムの周囲を覆っている。スロープ面には大きな開口部が開けられ 、地下に自然光を落とす。

スタジアムの手前にはアウトドアのアスレティック・グラウンドがある。背後に見える都市景観の先には、スタジアムのうねる形態デザインの基礎になった山並みが見える。

芝生越しに見上げた巨大なキャノピー。スティールで組み上げられたキャノピーは、有機的な自由曲線で構成されたフォルムを有している。

キャノピー端部を俯瞰する。半透明のフッ素樹脂の屋根面は内部のスティール構造が透けて見える。

スタジアム内部は30,000席の観客席が配備されたクレーターのような大空間。巨大なキャノピー全体はわすか9箇所で地上から支持されている。

観覧席を支える大きな壁柱群。試合が終了した時に観覧者たちで一斉に混み合うため、大きな空間となっている。

ランドスケープ・エリアの平面図

MAD Architects
Portrait by MAD Architects
(From left to right: MA Yansong, Dang Qun, Yosuke HAYANO)

http://www.i-mad.com/


Photos 1, 3, by Aogvision
Photos 2, 5~8 by CreatAR Images
Photo 4 by Arch Exist



著者プロフィール
 
淵上正幸 Masayuki Fuchigami
建築ジャーナリスト。東京外国語大学フランス語学科卒。2018年日本建築学会文化賞受賞。建築・デザイン関連のコーディネーター、書籍や雑誌の企画・編集・執筆、建築家インタビュー、建築講演や海外建築視察ツアーの企画・講師などを手掛ける。主著に『ヨーロッパ建築案内』1~3巻(TOTO出版)、『アメリカ建築案内』1~2巻(TOTO出版)、『世界の建築家51人:コンセプトと作品』(ADP出版)、「巨匠たちの住宅 20世紀住空間の冒険」(青土社)その他がある。