2023.06.07建築

21世紀世界の先端建築を渉猟する 第62回
Ranging Over the 21st Century World Architecture (#62)

淵上正幸(建築ジャーナリスト) / Masayuki Fuchigami(Architectural Journalist)

Lusail Stadium(Lusail,Qatar)
ルサイル・スタジアム(カタール、ルサイル)

ゴールデン・ヴェッセルと呼ばれたこの外観全景を見ると、「FIFAワールドカップ・カタール2022」の興奮が蘇って来ることがあるのは、だれもが同じではないだろうか。


最近でもサッカーの試合を見ると、昨年開催された「FIFAワールドカップ・カタール2022」の興奮が、しばしば蘇って来ることがあるのは、だれもが体験しているのではないだろうか。あの試合で、日本でもサッカー・ファンがかなり増えたのは間違いないのではないか。
さて「FIFAワールドカップ・カタール2022」において、中心的な会場となった「ルサイル・スタジアム」は、イギリスのフォスター・アンド・パートナーズが設計した、8万人の観客を収容できるワールド・クラス第一級のサッカー・スタジアムである。

世界で30億人以上の観客を動員すると言われている、4年に1度の大スポーツ・イベントであるワールドカップは、開催地に根ざした創造性と革新性を表現し、他に知らしめる重要なチャンスなのである。会場のあるルサイル市はカタールの計画都市として開発されたもので、現在50万人都市を目指して拡大してきた。

「ルサイル・スタジアム」は「FIFAワールドカップ・カタール2022」においてだけでなく、この新たに計画されたルサイル市においても中心的な存在として構想されたものであった。つまり一時的な「FIFAワールドカップ・カタール2022」のみならず、この都市の将来においても重要な役割を果たすアーバン・オブジェと言えそうな存在なのだ。カタールにおける気候風土や、文化的レガシーへの理解や、クライアントからの要望に対する緻密な分析を通したデザインが基礎となって生まれたものである。

このスタジアムは、太陽光を受けて輝く「ゴールデン・ヴェッセル(金色の器)」として形容されている建築である。ファサード表面上にデザインされた三角形の開口部が内部のコンコースに日陰をつくり、光を遮るスクリーンとして機能している。ファサード・デザイン、革新的な屋根デザイン、さらに外気冷房技術により、エネルギー消費量を削減しつつオープン・エアーのスタジアムの快適性を最大限に高めているのが特徴である。これらにより、グローバル・サステイナビリティ・アセスメント・システムにおいて、5つ星を獲得しているのは素晴らしい。

直径307mのスポーク・ホイール・ケーブル・ネット屋根は、スタジアム建築においては世界最大のテンシル・ケーブル・ネット・ルーフであり、フォスター・アンド・パートナーズの技術集約的なデザインによって可能になった建築である。それは居心地の良い環境を生み出すと共に、スタジアム全体をひとつの大きな容器に統一したデザインで可能になったのである。外部のコンプレッション・リングは、複雑なケーブル・システムによって、中央にあるテンション・リングに接続されている。この方式だと巨大な屋根全体を、無柱の大空間で支持することができるというメリットがある。

建物はプレイヤーや観覧者の双方にとって実体感がある雰囲気を創造するという基本的な目的があるため、ピッチと観覧席の関係がスタジアム・デザインのスターティング・ポイントであった。広いポディウムを通り、スタジアムにアクセスするデザインは、ゲートに近づく来館者たちに大きな歓迎の意を伝える。スタジアム・ボウルは試合やイベントになると、生き返ったように観覧者の器になる。当地最大のスタジアムとしてインターナショナルなイベントにも対応できるキャパシティを保持している。

客席のシートには薄い砂色が用いられ、それによりチーム・カラーを纏ったサポーターたちの興奮とエネルギーの背景となっている。建物のスケールにおいて遊び心があり、幾何学的にエレガントな構造を有する「ルサイル・スタジアム」は、「FIFAワールドカップ・カタール2022」のレガシーのシンボルとして、永続的な存在となっている。純粋かつ簡潔なスタジアムの形態は、同市のスカイラインにアイコニックな姿で屹立している。

なお「ルサイル・スタジアム」は、延床面積925,112㎡で80,000人収容のキャパシティがあり、2022年に竣工した。デザインはフォスター・アンド・パートナーズ(英)、構造設計はアラップ社(英)となっている。

非常にきめ細かなファサード・デザインは、その表面上にデザインされた三角形の開口部が内部のコンコースに日陰をつくり、光を遮るスクリーンとして機能している。

客席のシートには薄い砂色が用いられ、それによりチーム・カラーを纏ったサポーターたちの興奮とエネルギーの背景となっている。

直径307mのスポーク・ホイール・ケーブル・ネット屋根は、世界最大のテンシル・ケーブル・ネット・ルーフであり、フォスター・アンド・パートナーズの技術集約的なデザインによって可能になった。

試合のある夜は、景気の良いお囃子がエントランス広場に出て、試合前のムードを盛り上げている。

エントランス周りの賑わい。外壁がすり鉢状になっているため、暑い日差しなどを避ける庇の役目も担っている。

内部が輝いているスタジアムは金色の光に満たされたUFOのごとき幻想的な存在感を発している。

夜間試合の真っ最中になると、スタジアムはサポーターたちによる興奮の坩堝と化す。

Norman Foster/Foster and Partners
Portrait by Julian Cassady        

https://www.fosterandpartners.com/

Photos by Foster and Partners



著者プロフィール
 
淵上正幸 Masayuki Fuchigami
建築ジャーナリスト。東京外国語大学フランス語学科卒。2018年日本建築学会文化賞受賞。建築・デザイン関連のコーディネーター、書籍や雑誌の企画・編集・執筆、建築家インタビュー、建築講演や海外建築視察ツアーの企画・講師などを手掛ける。主著に『ヨーロッパ建築案内』1~3巻(TOTO出版)、『アメリカ建築案内』1~2巻(TOTO出版)、『世界の建築家51人:コンセプトと作品』(ADP出版)、「巨匠たちの住宅 20世紀住空間の冒険」(青土社)その他がある。