2023.07.03建築

21世紀世界の先端建築を渉猟する 第63回
Ranging Over the 21st Century World Architecture (#63)

淵上正幸(建築ジャーナリスト) / Masayuki Fuchigami(Architectural Journalist)

Huangshan Mountain Village (Huangshan Shi,Sheng, China)
黄山(ホワンシャン)マウンテン・ヴィレッジ (安徽省 黄山市,中国)

中国安徽省の黄山市黟県西逓鎮にある大平湖岸に屹立する「黄山(ホワンシャン)マウンテン・ヴィレッジ」は、森と水に恵まれた素晴らしい景観の中にある。

「黄山」は中国安徽省の黄山市黟県西逓鎮にある山で、中国では最も美しい山のひとつと言われている。緑濃き景観と際立った大理石の美しい山頂で知られている。その類まれなランドスケープは長い間アーティストたちを鼓舞し、瞑想と熟考の空間を提供してきた。ユネスコ世界遺産の敷地として、人道的なアトモスフィアと、美しく静穏な環境はツーリストの憧れの地となってきた。MADの「黄山マウンテン・ヴィレッジ」はこうした地域に完成した建築である。

MADによるこの計画は、黄山大平湖のツーリズム・マスタープランの一部となっている。住民に対し現代生活の利便性を提供する一方、MADのデザインはこの文化的に重要な山脈の意義深さを開示している。この地方のトポロジー(地形)を尊重し、個々の建物は高さや外観が異なるものの、オリジナルな山の高さは保持されている。

「黄山マウンテン・ヴィレッジ」は、大平湖に面する山々の南側斜面の敷地約189,000㎡に配置されている。10棟の延床面積69,000㎡の建物群によって生み出されるダイナミックな関係は、マウンテン・ヴィレッジの斬新なランドスケープを生み出している。それは建築が自然となり、自然が建築の中へと溶融しているのである。

「黄山マウンテン・ヴィレッジ」を構成するアパートメントは、全て静穏な隠れ家として考案されている。個々のアパートメントは広いバルコニーをもち、そのオーガニックな外観形態は、正面に対峙する山のトポグラフィックなコンタ・ラインに呼応している。近くにある茶畑から想を得たオーガニックなフォルムは、風と水から彫刻されたかのように見え、ふたつとして同じものはない。

インテリア空間を外部へと拡張することにより、広いアウトドア・スペースが生まれた。それにより、住民はただ単に彼らを取り巻く景色を鑑賞するだけでなく、実際にその中に溶け込み、山、湖、空との対話が生まれるのだ。ランドスケープ・デザインにより多くの小道が生まれ、人々は森の中や建物同士の間を自由に散歩することができる。 

マ・ヤンソンによれば、「黄山の大平湖の印象は漠然としている。ここを訪れると、その度に異なる景色が現れ、異なる印象を体験する。それは決して実在しない、古代の風景画のように神秘的であり、むしろイマジネーションと言えるかもしれない。この不可解な感じは常にポエティックであり、それは幻のように不明瞭なのである。住民は単に景色を見るだけでなく、この環境との関係において、内面にある自分たち自身を見るのである。自分自身を観察することにおいて、人はおそらく都市における自分とは異なる自分を感じ始めるであろう。」

本能的に山のようなランドスケープに起因する、ヴィレッジの静穏なデザイン感覚は、自然というセッティングの中に反映されている。それは垂直的な生活という新しいタイプの住まい方を提案している。建築的に周囲の森を賛辞しつつ、また住民の居心地と幸福度を引き上げ、人間・自然・地方文化相互間のシナジー効果の確立を目指しいている。

「黄山マウンテン・ヴィレッジ」は、マ・ヤンソンによる山水都市の哲学の真正な表現である。その意図は、山や水といった自然の形を参照する建築を創造するのみならず、人々が精神的レベルで再結合し、内部的な完成を求めるヒューマニティの感情を誘発する建築を創造することである。

湖側の正面から見た全景。高さの異なる集合住宅タワーが10棟立っている。

建物は高くなるに連れて各フロアが湖側からセットバックしている。

側面から見ると、バルコニー・スペースが非常に広いのが分かる。外部での生活を楽しむための配慮がわかる。

森側から建物越しに湖方向を見る。道路が蛇行しながら各棟をつないでいる。

曲線形の開口部やバルコニーのため、非常に柔和な印象を与えるデザインが秀逸だ。

建物へのアプローチ道路から見る。MADのデザインは曲線形が多いのはつとに知られている。

曲線を描くバルコニーからはワイドな湖への素晴らしい景観が楽しめる。

 マスタープラン図


MAD Architects
Portrait by MAD Architects
(From left to right: MA Yansong, Dang Qun, Yosuke Hayano)

http://www.i-mad.com/

Photos 1 and 5 by Laurian Ghinitoiu
Photos 2, 3, 4, 6, 7, and 8 by Hufton + Crow




著者プロフィール
 
淵上正幸 Masayuki Fuchigami
建築ジャーナリスト。東京外国語大学フランス語学科卒。2018年日本建築学会文化賞受賞。建築・デザイン関連のコーディネーター、書籍や雑誌の企画・編集・執筆、建築家インタビュー、建築講演や海外建築視察ツアーの企画・講師などを手掛ける。主著に『ヨーロッパ建築案内』1~3巻(TOTO出版)、『アメリカ建築案内』1~2巻(TOTO出版)、『世界の建築家51人:コンセプトと作品』(ADP出版)、「巨匠たちの住宅 20世紀住空間の冒険」(青土社)その他がある。