2023.08.21建築

21世紀世界の先端建築を渉猟する 第64回
Ranging Over the 21st Century World Architecture (#64)

淵上正幸(建築ジャーナリスト) / Masayuki Fuchigami(Architectural Journalist)

11 Hoyt (Brooklyn, USA)
ホイト 11(アメリカ、ブルックリン) 

正面側からの全景。写真の右側エッジ部分に高く聳えているのは、マンハッタンにある「ワン・ワールド・トレード・センター」。写真の左側エッジ部分に見えるのは自由の女神。

波打つファサードをもつブルックリン界隈の花形建築
アメリカのニューヨークというと、多くの人はマンハッタンを想起するが、実はニューヨーク市はもっと広く5つの区からなっており、そのひとつがブルックリンだ。ブルックリンの位置はロング・アイランド島の西端にあり、かつ自由の女神の東側方向でイースト・リバーの河口に面している。

元々は市民生活や商業施設の中心地であったブルックリンのダウンタウンは、過去20年間に住民が40%以上も急速に増加したために、市民が集える居心地のいいアウトドア・スペースが相対的に減少してしまったのだ。以前はパーキング・ガレージであった1ブロック分の敷地全てを緑の台地に変えたが、それは第5番目のファサードと呼ばれた。その敷地に建った波打つファサードの集合住宅タワーが「ホイト11」である。

敷地はストリートを往来する人々からは見えるものの、敷地におけるアウトドア環境はサステイナビリティの高い状況にあるが、ガーデンや木陰、あるいはアメニティーにおいては、近隣住民と出会い話し合う憩いの場所ともなっている。

今やザハ・ハディド亡き後、女性建築家として世界的に名を馳せているのがシカゴ出身のジーン・ギャングだ。彼女は集合住宅建築デザインの名手で、特に微に入り細を穿ったファサード・デザインは定評がある。彼女が得意とする集合住宅タワーの魅力ある表情は、従来の四角四面の堅いデザインでなく、界隈に刺激を与え住民に喜ばれる素晴らしさがあるのだ。

「ホイト11」は特徴あるファサードからも分かるように、意表を突くように外壁が突き出ているのがユニークだ。その分広がりのあるリビング・スペースができている。内部の窓際には造り付けのシートがデザインされ、高さ約240cmの窓からは、近隣景観やウォーターフロント、加えて自由の女神までが眺望できるというパノラミックな楽しみがある。また造形的な建物の突き出た部分も、住民は内部からも見ることができる。

「ホイト11」には多種にわたる人々を住んでいるため、190以上のフロア・プランが用意されている。57階建て高さ191mの建物はプレキャスト・コンクリートで建設されており、波打つファサードの住戸はプレファブ化され、現場でしかるべき位置に組み立てられた。タワーのコンパクトな建築面積や敷地の低さによって、溢れんばかりの自然光が緑の敷地やストリートに対して注がれている。

住戸のインテリアは、先述のように大きな開口部沿いに窓際ベンチが設えられており、住民はそこに腰掛け、ワイドなマンハッタンの景観が手に取るようにエンジョイできる仕組みになっている。アメニティーとしては、大きなインドア・プールをはじめ、フィットネス・フロア、ゲームズ・ルーム、ミュージック・ルームなどが完備されている。

本欄では、ジーン・ギャングを一躍世界的に知らしめた「アクア・タワー」をはじめ、 傾斜したガラス開口部をもつ「ソリスティス・オン・ザ・パーク」、ランダムな外観形態をもつ「MIRA集合住宅」、華麗なファサードをもつ「100 Above The Park」など、彼女のユニークな作品を紹介してきた。今回紹介する「ホイト11」は前述した作品と同じように特徴あるファサードだが、高さが200m近くある波打つスリムな外観は、ブルックリン界隈の花形建築と言っても過言ではなさそうだ。なお建物名の「ホイト11」はホイト通り11番地に由来している。

外壁のクローズアップ。ジーン・ギャングはファサードに特異な表情を生み出すのが達者な建築家だが、このように未だないデザインを創造するシャープな感覚の持ち主である。

モデルルームのリビング・ダイニング。高さ240cmもある左側窓からは自由の女神が見え、中央の窓からは「ワン・ワールド・トレード・センター」が見える。

種々のアメニティー空間があるのも「ホイト11」の特徴だ。ヨガ・ルームはテキスタイルを使用したソフトな曲面天井が演出されている。

広い豪華なインドア・プールも住人のソーシャルな出会いの場でもある。

フィットネス・フロアには充実したフィットネス・マシーンが装備されている。

ゲーム・ルームには卓球台やテーブル・サッカー・ゲームが置かれて、住民の憩いの時間をリッチにしている。

ミュージック・ルームにはピアノをはじめ、種々の楽器があり、楽しいひと時をエンジョイできる。

Studio Gang
Jeanne Gang
Portrait: Studio Gang       

http://studiogang.com/

Design: Studio Gang
設計:スタジオ・ギャング


著者プロフィール
 
淵上正幸 Masayuki Fuchigami
建築ジャーナリスト。東京外国語大学フランス語学科卒。2018年日本建築学会文化賞受賞。建築・デザイン関連のコーディネーター、書籍や雑誌の企画・編集・執筆、建築家インタビュー、建築講演や海外建築視察ツアーの企画・講師などを手掛ける。主著に『ヨーロッパ建築案内』1~3巻(TOTO出版)、『アメリカ建築案内』1~2巻(TOTO出版)、『世界の建築家51人:コンセプトと作品』(ADP出版)、「巨匠たちの住宅 20世紀住空間の冒険」(青土社)その他がある。