2023.09.12建築

21世紀世界の先端建築を渉猟する 第65回
Ranging Over the 21st Century World Architecture (#65)

淵上正幸(建築ジャーナリスト) / Masayuki Fuchigami(Architectural Journalist)

Fake Hills (Beihai, China)
フェイク・ヒルズ(中国、北海市)

「フェイク・ヒルズ」は大きな壁面が真正面で海と対峙するという、自然と建築が互いにうまく共存するいい例である。

●有機的な表情で海に対峙する巨大集合住宅
今日中国は世界屈指の人口大国であり、同国における新しい都市開発の多くは、集合住宅デザインの作品であることが特徴である。それは社会的に投資効果が早く現れるように、システムが標準化されかつ安価なケースとなっている場合が多い。高密度で経済的に生き残れるハウジング・デザインで、さらに建築的にもイノヴェイティブなものが生み出されるのかという可能性に疑問が残る。

今や世界的に著名な中国を代表する建築家集団であるMADは、有機的形態をした作風で知られている。ここに紹介する「フェイク・ヒルズ」も、中国南部の海浜都市である北海市にある。北海市は中国南部の香港からマカオを過ぎて、比較的に海岸沿いを西方向へ延々と進んでいくと、湛江市に至る。ここから南へ下ると名勝地海南島に行くが、南へ行かずさらに西方向へ進むと、ちょっとした半島の先に北海市がある。北海市から海上を西方向へと見晴らすと、ヴェトナムがはるか彼方に遠望できるという位置にある。

建物は夜景のレンダリングからもわかるように非常に長い建物で、正面(海側)から見ると凸凹したユニークな山が5つあり、左端に独立した高層タワーが立っている。敷地は約10万㎡もあり、長さ800mで細長い海沿いの敷地に延床面積約50万㎡の広さで完成している。

また「フェイク・ヒルズ」と海との関係は、まず海には砂浜があり、その手前には細長い樹林帯を介して自動車道路が延びている。さらに道路の反対側の樹林帯を介して「フェイク・ヒルズ」の足元にある低層建築群と公園がある。その背後にメインとなる「フェイク・ヒルズ」が、大きな体躯を横たえているという構成である。

「フェイク・ヒルズ」開発の基本的なコンセプトは、相反する建築タイポロジー、つまりハイライズ(高層建築)とグラウンドスクレイパー(低層建築)の丘のような起伏のある横に長い建物とから構成されている。高層建築は194mの高さがあるが未完である。完成した水平建築のほうは高いところで106mとなっている。低層建築を構成する個々の凸凹の建物は、いろいろな形状をしており、そのひとつひとつに巨大な穴があけられている。このデザインは非常にメルヘンチックな印象を醸している。

各々の建物に開けられた巨大なオープニングは、海からの大量な風を通して風圧を和らげ、同時に建物を冷却する効果がある。建物と海との間には円形の低層棟が数棟立ち、それらの間には緑が多く茂った公園やプールがあり、住民たちが家族ぐるみでくつろげるパブリック・スペースとなっている。

MADによるこの建築のデザインは、住民が潜在的に期待している海への景観を、思った以上に拡大している。また屋上に関しても、通常のビルのフラットな屋上と違って、うねりながら800mも続くという異例のルーフトップ・スペースである。つまり屋根伝いに連続するプラットフォームは、人工の丘の上にパブリック・スペースがあり、ガーデンがあり、テニスコートがあり、水泳プールがあるという具合に変化に富んでいるのだ。

高密度化ハウジングの解決策と、北海市の新しいランドマークを目指した「フェイク・ヒルズ」は、コーストラインの高度な体験と、遮るもののない都市との相互作用を提供している。さらに都市が対峙する広大な自然との相互作用の機会をも提供しているのである。なお「フェイク・ヒルズ」とは、「偽りの丘」という意味で、本物の丘に似せた形をしている偽物である。フェイク(偽物)というネーミングをストレートに出していて、滑稽な感じが伝わって来るところが面白い。

足元には緑の自然を巧みに配し、住民がリゾート風にくつろげるデザインが喜ばれているという。

自由にうねる建物ラインが建築に柔軟な印象を与え、従来にないソフトな建築デザイン・イメージを発散している。

ファサードの凹んだ部分を見下ろす。公園のような足元の緑の中に円形の低層棟が見え、その先に大海原が広がっている。

大きな穴(オープニング)を見る。海からの風を通して建物を冷却し、背後の街に風を流し込んでいる。

海側から見た完成予想図の夜景。左手の高層建築は未完である。

建物全体を斜めに見た完成予想レンダリング。円形の低層建築がかなり大きくなっている。

建物全体を俯瞰した模型を見る。未完の超高層タワーの外観がユニークこの上ない表情で面白い。

建物のダイアグラム。緑の屋上が長く連続して、住民が楽しめるアウトドア・スペースとなっている。

MAD Architects
Portrait by MAD Architects
(From left to right: MA Yansong, Dang Qun, Yosuke HAYANO)

http://www.i-mad.com/

Photos by Xia Zhi
Model photo by Shu He
Rendering by MAD Architects





著者プロフィール
 
淵上正幸 Masayuki Fuchigami
建築ジャーナリスト。東京外国語大学フランス語学科卒。2018年日本建築学会文化賞受賞。建築・デザイン関連のコーディネーター、書籍や雑誌の企画・編集・執筆、建築家インタビュー、建築講演や海外建築視察ツアーの企画・講師などを手掛ける。主著に『ヨーロッパ建築案内』1~3巻(TOTO出版)、『アメリカ建築案内』1~2巻(TOTO出版)、『世界の建築家51人:コンセプトと作品』(ADP出版)、「巨匠たちの住宅 20世紀住空間の冒険」(青土社)その他がある。