2023.10.06建築

21世紀世界の先端建築を渉猟する 第66回
Ranging Over the 21st Century World Architecture (#66)

淵上正幸(建築ジャーナリスト) / Masayuki Fuchigami(Architectural Journalist)

Rubenstein Commons(New Jersey, USA)
ルビンシュタイン・コモンズ(アメリカ、ニュージャージィ)

「ベルコモンズ・ビル」のエントランス側から俯瞰した全景。小さい建物ながら複雑な屋根の構成となっている。

●田舎ののどかな風景を楽しめるコモンズ・ビル
アメリカのニュージャージィ州のプリンストンにある先端研究協会(IAS)は1930年に設立されたもので、その歴史的キャンパスに新しいコモンズ・ビルが生まれた。それは世界的に有名な科学者、アルバート・アインシュタインが晩年の思考の時代を過ごした先端研究協会(IAS)の最も著名な「フルド・ホール」の近くにある。

「ルビンシュタイン・コモンズ」はスティーヴン・ホール・アーキテクツが2016年にコンペで勝ち取った作品である。延床面積約1,600㎡と比較的小さな建築で、複数の会議室をはじめ、アウトドアとインドアのカフェ、リビングルーム、キャンパスの歴史を紹介するギャラリー、および複数のオフィスがある。

「ルビンシュタイン・コモンズ」のデザインは、”Intertwining(絡み合い)”というコンセプトで進められた。外部を巡るサーキュレーションが建物の内部に侵入し、貫通していくという面白さ。それはIASのコミュニティ・ライフやアカデミック・ライフをサポートしていくフレキシブルな集会室を多数もつ、ソーシャル・コンデンサー(建築には社会的行動に影響を与える能力があるというソビエト構成主義のセオリー)として考案されたものである。この新しい建物は、既存の建物群の1階建てというトポグラフィに準拠したデザインとなっており、さらに田舎ののどかな景色を鑑賞できるようにデザインされている。

建物は周辺環境に緩やかに溶け込み、北側、南側、西側にある池を連続的につなげる構成となっている。池は太陽光を内部へと反射させ、レフレクション的現象のアトモスフィアを強く醸している。先端研究協会(IAS)のミッションに従って、周囲の環境における自然現象が、科学、物理学、人類学、芸術といった学問領域を連携させているのは素晴らしい。空間の幾何学的構成は、ふたつの平面的でないカーブが交差する"スペース・カーブ”によって形成されている。先端研究協会(IAS)の元ディレクターであるロバート・ディカラーフ氏は、「カーブしたデザインの天井は、学者の思考領域に多大の思考スペースを付与している」と述べている。

先端研究協会(IAS)における自然のスレート(粘板岩)を使用した黒板や、知的な好奇心への物語的な伝統がインテリアに素晴らしい雰囲気を醸している。プリズム状のガラスが白い光をカラー・スペクトルへと変換し、インテリア空間に自然光とその色彩でエネルギーを与えている。ハンド・メイドの照明器具が、カーブした天井空間を明るく照明している。Kot Theory(ノット・セオリー: 紐の結び目を数学的に表現し研究する学問で、低次元位相幾何学の一種)によるドアの取手や特別製の吐水口が、建物の東西の入口に来たビジターにウエルカムの挨拶をしている。

プール周りのランドスケープが、変わりゆく四季を通して1年の時の流れをみせている。春になると建物の西側にある木立の中で、アメリカ・ハナズオウがピンク色に芽を吹きはじめる。夏には南側でイチョウの木が濃いグリーンの葉を広げ、その中に西洋サルビアの紫色の花がアクセントとして咲く。秋ともなれば西側は新鮮な赤い艶やかなカエデで特徴づけられ、金色になったイチョウの葉は南側の反射プール付近に強烈なコントラストを醸し出している。北側の庭はストローブ・パインとアメリカ・ヒイラギが、冬を中心に一年中緑の背景をつくって圧巻である。

敷地には20ヶ所のGeothermal Well(地熱井戸)があり、地球の季節的な温度差を利用して、冷暖房システムをもつフロアで建物を管理している。木造開口部により自然換気をし、太陽光とフレッシュ・エアーを建物全域に渡って導入するというヘルシーかつ清潔感あふれたデザインが特徴となっている。

エントランス正面を見る。ガラス張りファサードに木造フレームの玄関がはめ込まれている。右手の壁にRubenstein Commonsの建物名が縦書きで描かれている。

リビングルームは高い天井と大きな開口部により広々とした開放感に浸ることができる。

リビングルームの天井は、ふたつの平面的でないカーブが交差する"スペース・カーブ”によって形成されている

夜の全景を見る。黒々とした樹林を背景に明るく照明された建物が浮かび上がる。

背後のミーティング・ルーム側から見た夜景。段差のある複数の屋根のハイサイドライトから、帯状の光が漏れてくる。


1階平面図

地熱冷暖房図

コンセプト図(スティーヴン・ホールによる手描きスケッチ)

Design: Steven Holl Architects
設 計:スティーヴン・ホール・アーキテクツ

Portrait by Steven Holl Architects
Photos by Paul Warchol
Watercolors by Steven Holl
Photos by Paul Warchol





著者プロフィール
 
淵上正幸 Masayuki Fuchigami
建築ジャーナリスト。東京外国語大学フランス語学科卒。2018年日本建築学会文化賞受賞。建築・デザイン関連のコーディネーター、書籍や雑誌の企画・編集・執筆、建築家インタビュー、建築講演や海外建築視察ツアーの企画・講師などを手掛ける。主著に『ヨーロッパ建築案内』1~3巻(TOTO出版)、『アメリカ建築案内』1~2巻(TOTO出版)、『世界の建築家51人:コンセプトと作品』(ADP出版)、「巨匠たちの住宅 20世紀住空間の冒険」(青土社)その他がある。