2023.11.06建築

21世紀世界の先端建築を渉猟する 第67回
Ranging Over the 21st Century World Architecture (#67)

淵上正幸(建築ジャーナリスト) / Masayuki Fuchigami(Architectural Journalist)

Richard Gilder Gilder Center (New York, USA)
リチャード・ギルダー・センター(アメリカ、ニューヨーク)

俯瞰した「アメリカ自然史博物館」。白い部分が「リチャード・ギルダー・センター」で、左上にセントラル・パークがあり、その先にニューヨークの超高層ビル群がみえる。

●「アメリカ自然史博物館」への強かな増築
「リチャード・ギルダー・センター」は科学、教育、技術革新をターゲットにした組織で、ニューヨークのアッパー・ウエスト・サイドにある「アメリカ自然史博物館」におけるごく最近の増築となっている。一般市民の科学への理解や、科学教育の必要性が叫ばれる時に、「リチャード・ギルダー・センター」が、老若男女などすべての人々を引き込む実験的建築によって「自然史博物館」への知的インパクト強めるためにデザインされた。

デザインはインサイド・アウトをコンセプトにし、建物の機能性と博物館全体のビジター体験を大幅に改善した。コロンバス・アヴェニュー側に新しく大きなエントランスを設け、強固な東西軸を通して、10件の建物間に30箇所のコネクションを生み出し、かつての行き止まりスペースを連続するループとして生かした。新しい展示、教育、コレクション、研究などのスペースを創設することで、重要だがかつては後方部門の機能を初めて一般に開示した。つまりビジターは博物館の多岐に渡るコレクションや活発な科学的研究を見ることができるようになった。

自然形態を形成するプロセスが、この建物には反映されている。風や水の流れによって形成された穴の空いた地質学的な形態に似て、建物の中心にある5層吹抜けのアトリウムが、到着するビジターを迎える。それは好奇心をそそるランドスケープであり、すぐにでも探検したい気持ちにさせる。建物を自然光に開放することで、アトリウムもまた、好奇心をそそる眺めを種々のスペースに提供している。他方、それらのスペースを物理的に結ぶ役目も果たしている。

その構造壁とアーチが建物の重さを支えている。建物は吹付けコンクリートを使用して建設されている。それは通常インフラストラクチャーに使用されるもので、顧客のニーズを合わせてディジタルにモデル化され、鉄筋に直接吹付けられる。その技術は型枠の無駄を省き、シームレスで視覚的かつ空間的に連続性のあるインテリア空間を構成することができる。その形態は外観へと伸びていき、近隣の公園やその先の近隣地域へとつながっていく。

「リチャード・ギルダー・センター」の断面図は、エギジビション、教育、研究スペースが中央のアトリウムから如何にして展開しているかを示しているし、さらにそれが近隣のミュージアム・ビル郡と多数の階でいかにして接続しているかを示している。ビジターは中央アトリウムから容易に周囲のプログラム・スペースを認知し入り進んでいく。つまりブリッジを横断し、彫刻されたエッジ沿いに歩き、ヴォールト状の開口部を通り抜けていくのである。これらのスペースは昆虫館や、チョウチョのヴィヴァリウム(チョウチョが生きられるようにした空間)があり、実際に生きている昆虫や、大規模な生物の模型やその巣の大きな模型などがある。

5階建てのコレクション・コアには3百万以上の科学的な見本があり、そのうちの3階分は床から天井までの科学的コレクションの展示物が特徴となっている。すなわち没入型体験エリアである”見えざる世界”は、地球上のすべての生物がいかにして繋がっているかを提示している。さらに研究拡張ライブラリー、最先端クラスルーム、ラーニング・ラボ、小学校の生徒から専門の科学の先生にも役立つ教育エリアがある。

「リチャード・ギルダー・センター」におけるアトリウムの垂直性は、自然光や空気の循環をインテリアの隅々までに行き渡らせ、全体的なエネルギー消費を抑えている。石による外壁や、彫りの深い窓や樹木による日陰でハイ・パフォーマンスを誇る建物は、夏期においても緩やかにクールさを保っている。効率の良い灌漑システムや、元々あった樹木などが野生の生物を育てている。このプロジェクトの環境的戦略は、建物自体がミュージアムのミッションである 

建物の4ブロックを占める敷地には、約150年もたつ古い25件の建物がある。西側に新しいエントランスを増築し、既存の建物と多くの新しいリンクが生まれたことにより、「リチャード・ギルダー・センター」はミュージアムとしてのビジターの流れや全体的な機能性を改良した。建物はミルフォード・ピンク大理石をまとっており、これはセントラル・ウエスト通り側のエントランスにも使用されている。その丸みを帯びた開口部は、バード・ストライクを避けるためにフリットガラスを使用する気の使いようだ。

「リチャード・ギルダー・センター」の正面側夜景。うねった有機的なファサード・デザインが特徴だ。左手のガラス張り部分の1階がエントランス。

エントランス・ロビーは天井がうねったデザインの吹抜けた大きなアトリウムになっている。

2階からエントランス方向を見下ろす。迫力ある巨大なアトリウムの印象が素晴らしい。

穴が空いた壁が錯綜した構成を見せて、奇怪な表情にも取れるデザイン。

ふとシュタイナーの「ゲーテアヌム」を想起させるようなインテリア・デザインが奇妙で、ニューヨークでこの種のデザインに会えるのは面白い。

空撮写真。セントラル・パークは写真の右手にある。

没入型体験エリアである”見えざる世界”の展示会場風景。

A.断面スケッチ

Design: Studio Gang
設 計:スタジオ・ギャング

Studio Gang
Portrait:Courtesy of Studio Gang

Photos of 1~6 and 8 by Iwan Baan
Photo 7 by Jeffrey Milstein

JG Sketch by Jeanne Gang




著者プロフィール
 
淵上正幸 Masayuki Fuchigami
建築ジャーナリスト。東京外国語大学フランス語学科卒。2018年日本建築学会文化賞受賞。建築・デザイン関連のコーディネーター、書籍や雑誌の企画・編集・執筆、建築家インタビュー、建築講演や海外建築視察ツアーの企画・講師などを手掛ける。主著に『ヨーロッパ建築案内』1~3巻(TOTO出版)、『アメリカ建築案内』1~2巻(TOTO出版)、『世界の建築家51人:コンセプトと作品』(ADP出版)、「巨匠たちの住宅 20世紀住空間の冒険」(青土社)その他がある。