2024.04.12建築

21世紀世界の先端建築を渉猟する 第72回
Ranging Over the 21st Century World Architecture (#72)

淵上正幸(建築ジャーナリスト) / Masayuki Fuchigami(Architectural Journalist)

Q Residenses (Amsterdam, The Holland)
Qレジデンス(オランダ、アムステルダム)

アムステルダムで最後のガーデン・シティと言われるブイテンフェルデルト地区のストリートに面した「Qレジデンス」を構成する2棟の佇まいが素晴らしい。

●ジーン・ギャングによるヨーロッパ初作品

ザハ・ハディド亡きあと、世界の女性建築家といえばアメリカのスタジオ・ギャングを率いるジーン・ギャングということに異論はないと思う。彼女の出身地であるシカゴは、アメリカの超高層ビルの発祥の地で、周知の「ウイリス・タワー」(442m)や「ジョン・ハンコック・センター」(343m)が素晴らしい姿で屹立している。

彼女はそんな超高層群の中に、高さ363mもある「セント・リジス・タワー・シカゴ」という豪華な超高層ビルをデザインした。その彼女が初めてヨーロッパに建築をデザインしたのが「Qレジデンス」という瀟洒な集合住宅なのである。そこにはアムステルダムの急を要する集合住宅の必要性があった。そういう状況に対応した彼女は、ヨーロッパ初の建築作品をオランダの首都アムステルダムに完成させたのである。

集合住宅2棟からなる「Qレジデンス」は、アムステルダム南部にある重要な交差点のコーナーにデザインされた。アムステルダムで最後のガーデン・シティと言われるブイテンフェルデルト地区の中心部に位置し、建物は近隣環境のくつろいだ緑豊かなアトモスフィアを利用し、濃密かつ居心地よい生活環境を生み出している。

2棟からなる建物は「キューブ」と呼ばれる中層棟と「クウォーツ」と呼ばれる高層棟であり、これらふたつのヴォリュームにより、合計248戸の住居が完成したという。このデザインにより、近隣に多い1950年代の開発による直線的で合理的なデザインに対し、有機的かつ彫刻的な装いが加味されたといわれている。

外観デザインの特徴であるジグザグとした形態の斜めのバルコニーは、折り紙のようなパターンで高層棟を包み込んでおり、うねるリズムをファサードに与えている。他方、近隣住民と下層階の人たち同士の視覚的かつ実際的なコネクションを確立している。

斜めの幾何学と広いバルコニーは中層棟にも使用されており、住民はすぐにでも外部に出て、新鮮な空気、十分な日差し、ワイドな景色をエンジョイできるようになっている。「Qレジデンス」はブイテンフェルデルト地区を特徴づける十分な緑地、フレッシュな空気、柔らかな太陽光を親しむようデザインされているのである。

1階レベルにおいては、「キューブ」と「クウォーツ」は新しい広いパブリック・プラザをつくり、そこに展開されたアートやランドスケープ・デザインに、人々を馴染ませるよう考案されている。アーバン・デザインの見地からいえば、建築とランドスケープがペデストリアンにとってやさしい環境をつくるようデザインされているのが特徴である。

「キューブ」と「クウォーツ」から成るひとつのブロックを突き抜ける新しい通路ができたことで、ブロック内の重要な軸線を補強している。またピエト・オードルフ(オランダの有名なガーデン・デザイナー)がデザインした緑地や、建物内の店舗スペースや、パブリック・アメニティー・スペースが相互に連携されているのは、空間的にユニーク極まりない。

内部に目を移すと、リビングのコーナー部分や大きなフルハイトの開口部から、豊富なグリーンに覆われたアムステルダムの素晴らしいブイテンフェルデルト地区を見晴らすことができる。住人はそのようなパノラミックな景色をエンジョイし、かつ賞味できる特典をも購入したことになるわけである。

いずれにせよアメリカの女性建築家が、初めてヨーロッパで自分の建築デザインを披露したことは、当の本人にとっては大きな一歩を踏み出したことであり、今後の彼女の大躍進が期待されるのである。

高層棟の「クウォーツ」のテラスを見ると、広さの異なる種々の形があり、変化に富んだファサード・デザインに貢献しているのがわかる。

豊富な緑の環境に屹立する2棟は、このエリアのランドマーク的なイコンというに相応しい存在だ。

左手の「キューブ」と呼ばれる中層棟と右側の「クウォーツ」という高層棟の間に、敷地を貫通する通路がある。

高層棟をコーナー側から見上げると、テラスの形状がランダムに見えてユニークな表情を見せている。

外壁をアップして見ると、そのランダム性がさらに大きく見えて、デザイン表現の強さが伝わってくる。

コーナー部をクローズアップすると、コーナーのテラスに出れるフロアと、出れないフロアのあるのがわかる。

ワイドなフルハイトの開口部から、緑のブイテンフェルデルト地区の景色が楽しめる。

Design by Studio Gang
Jeanne Gang

Portrait by Marc Olivier Le Blanc

https://studiogang.com/

Photos 1, 2, 3, 5 by Tom Studio Gang
Photos 4 & 8 by Rijnboutt
Photos 6 & 7 by Vandaglas



著者プロフィール
 
淵上正幸 Masayuki Fuchigami
建築ジャーナリスト。東京外国語大学フランス語学科卒。2018年日本建築学会文化賞受賞。建築・デザイン関連のコーディネーター、書籍や雑誌の企画・編集・執筆、建築家インタビュー、建築講演や海外建築視察ツアーの企画・講師などを手掛ける。主著に『ヨーロッパ建築案内』1~3巻(TOTO出版)、『アメリカ建築案内』1~2巻(TOTO出版)、『世界の建築家51人:コンセプトと作品』(ADP出版)、「巨匠たちの住宅 20世紀住空間の冒険」(青土社)その他がある。