2024.05.08建築

21世紀世界の先端建築を渉猟する 第73回
Ranging Over the 21st Century World Architecture (#73)

淵上正幸(建築ジャーナリスト) / Masayuki Fuchigami(Architectural Journalist)

La Marseillaise(Marseille, France)
ラ・マルセイエーズ(フランス、マルセイユ)

陽光を浴びた南仏マルセイユは海に面した暖かな都市として有名であり、またル・コルビュジエの「ユニテ・ダビタシオン・マルセイユ」がある都市としても世界的に知られている。

●フランス国歌と同名の建築作品

周知のように「ラ・マルセイエーズ」とはフランスの国歌の名称である。その名前をジャン・ヌーヴェルは自分の建築作品名にしてしまったのである。建物は南仏の港湾都市マルセイユに完成した。建築フリークはマルセイユと聞けば、すぐさまル・コルビュジエの名作「ユニテ・ダビタシオン・マルセイユ」を思い出す。ジャン・ヌーヴェルが手がけた高さ135m・31階建ての高層ビルは、「ラ・マルセイエーズ」と呼ばれる高層オフィス・タワーである。

高層建築やタワーの地上階は広い面積を取らないために、人間の移動を軽減してくれるので、大都市では中心付近に建設されることが多い。既存の移動システムやサービスのインフラをそのまま使用することができるので、こうした建築があらゆる意味において、「持続可能」で「都市的」であるということがわかる。

ただし世界中の高層建築はデザイン的に代り映えがしなく、同じように見えてしまうという欠点がある。しばしば交換できそうにも思えるし、ありふれており、都市に特徴を与えることなど出来そうに見えない。つまりいかに高層建築でもアノニマス(無名性)に見えてしまうのである。

これらの認識と批判的考察によって、ジャン・ヌーヴェルのデザインによる「ラ・マルセイエーズ」が提案された。そのねらいは、地中海の濃密な空気の一部になることだ。太陽と戯れるというこの建築の欲望を誇示しており、空に向けて建物の雄姿を投影している。

ヌーヴェルは「ラ・マルセイエーズ」と名づけたが、フランス国歌「ラ・マルセイエーズ」の歌詞の内容とはちがって戦闘的ではない。コンクリート製だが装甲を外して、軽量コンクリートやファイバー補強コンクリートを使用している。まさに未完成の建築図面のごとく軽やかになっている。

マルセイユの海際には高層のビルは多くはないようだが、この写真では2棟が見える。船が係留された港のすぐ前の右手に建つ「ラ・マルセイエーズ」は、遠目にはごく普通の高層オフィス・ビルのように見える。

少し近づいて見るとファサードにランダム風に赤みがかった色がついているのがわかる。一見普通の高層ビルにアーティスティックな処理を施したかのような外観である。

さらに近づいて外壁を見上げると、全体にライト・ブルーの外壁に赤や黄色のカラーが部分的につけられているが、これは妻側ファサードとなっている。

正面ファサードはご覧のように非常に微に入り細を穿ったデザインとなっている。開口部の外部側面にあたる部分に、小さな四角い穴が無数あいた袖壁が多数林立しており、これがファサード・デザインを複雑に見せており、このデザインが建物最大の特徴となっている。

窓の前面に網のようなデザインがびっしりと装着されているのがわかる。

クローズアップした外壁は自然光が乱反射し、建物のファサードを際立たせる効果を狙ったデザインと思われる。

陽が当たっている面の赤い輝きは、南仏のブルー・スカイを背景に強烈な存在の強さを主張している。

Design by AJN(Atelier Jean Nouvel)
Jean Nouvel
設   計: アトリエ・ジャン・ヌーヴェル

Portrait by Albert Watson

http://www.jeannouvel.com/

Photos 1-8 by Michele Clavel_(AJN)



著者プロフィール
 
淵上正幸 Masayuki Fuchigami
建築ジャーナリスト。東京外国語大学フランス語学科卒。2018年日本建築学会文化賞受賞。建築・デザイン関連のコーディネーター、書籍や雑誌の企画・編集・執筆、建築家インタビュー、建築講演や海外建築視察ツアーの企画・講師などを手掛ける。主著に『ヨーロッパ建築案内』1~3巻(TOTO出版)、『アメリカ建築案内』1~2巻(TOTO出版)、『世界の建築家51人:コンセプトと作品』(ADP出版)、「巨匠たちの住宅 20世紀住空間の冒険」(青土社)その他がある。