2024.06.10建築

21世紀世界の先端建築を渉猟する 第74回
Ranging Over the 21st Century World Architecture (#74)

淵上正幸(建築ジャーナリスト) / Masayuki Fuchigami(Architectural Journalist)

Jiaxing Train Station(Jiaxing, China)
嘉興鉄道駅(中国、嘉興市)

正面側から見た夜景の「嘉興鉄道駅」。確かに前面広場に樹木はあるが、森というには心細ない樹林の数である。

●森の中に再生されたかつての機能不全駅

中国のMADが初めてデザインした鉄道駅は、上海から南西方向へ100㎞ほど行った中国の歴史都市である嘉興市(かこう市)の中心部にある。この駅は1995年から2019年まで存続し、その後は機能不全となっていた。

中国における都市化の現象は近年急速に進み、輸送インフラストラクチャーに関するハードウェア開発や技術開発も同様である。しかし鉄道駅や新しい空港などの輸送施設の建築や空間の質は同じようには改善されなかった。

嘉興鉄道駅は1907年に建設され、半世紀ほど前に取り壊された。オリジナルの駅を建て替えるために、1995年に建てられた駅は4,000㎡しかなく、その上急速に発達する都市の駅には古い乗客施設しかなく不向きであった。

MADのデザインはモニュメンタルな輸送ストラクチャーをやめて、1907年のオリジナル駅と全く同じヒューマン・スケールで再構築をした。さらに駅に電力を供給するソーラー・パネルを装備したメタル・ルーフで全域を覆っている。古い駅舎を正確に再構築するために、建築の専門家や学者が同市の多大な歴史データを分析したのである。

MADはかつての駅舎より人間的で機能的な新しい駅を完成させた。インテリア全般のデザインは、建物と程よい対話を生み出している。エントランス周りのガラス・ファサードの高さにも変化をつけている。ミニマリスト的なインテリアは陽極酸化アルミニウムのハニカム・パネルを使用し、待合ホール、天井、トンネルの壁などの大きな雑音などを吸収している。排気口、放送システム、地下通路の照明はすべて壁面に埋め込まれている。

新しい駅の出入り口、待合室などは地下に配し、新しい「森の中の鉄道駅」がうまれた。新しい鉄道駅は、3つのプラットフォーム+5つの鉄道線から3つのプラットフォーム+6つの鉄道線へと拡張された。その結果、2025年までには、年間乗降客は5,280,000人になる予定である。

駅前にあったかつての交通ハブは地下に移設され、地下の市道に接続された。それにより市民やツーリストの移動が楽になった。また同時に敷地の南側部分には新しい商業機能を創出し、乗降客の要求に合わせている。

南側広場には7棟のビルがあり、文化的あるいは商業的な機能をもっている。また1ヘクタールもある中央の芝生広場は全体的に傾斜した芝生の坂になっており、コンサートやフェスティバルなどのアウトドア・イベントの会場として使用される。

MADは建物のヴォリュームを自然の中に配置した。慎重な交通計画と空間の垂直利用を用いて、既存の乗降客の要望を満足させ、他方将来のサステイナブルな開発や拡大への余地も残している。周辺環境に対するアクセスを向上させ、市民生活をより居心地良くしている。特に住民にはこの地域への社会的帰属意識を高め、旧市街の中心に新しい市民生活を生み出した。MADはこのプロジェクトを、中国の都市が大きなインフラストラクチャーの開発を進行させる中、ひとつの良きモデルになると考えている。

俯瞰すると「嘉興鉄道駅」の周辺は大きな都市の印象がする。駅舎の屋根全面にソーラー・パネルが装備されている。また3つのプラットフォーム+6つの鉄道線へと拡張されたのがわかる。

左側のレンガ部分がメインの駅舎部分で、右手の明るいガラス部分がプラットフォームの外観。

レンガ張りで構成された正面入口側の外観。古色蒼然とした雰囲気が伝わってくる。

地下に配置された待合室。ホワイト・カラーで構成された空間は、明るく清潔感に満ちている。

プラットフォームも待合室と同様ホワイト・カラーで構成されている。

プラットフォームと地下の待合室はガラス壁で仕切られている。

夜景のプラットフォーム群を見下ろす。屋根が黒く見える部分はソーラー・パネルが設置されている。

Design by MAD Architects
設   計 : MADアーキテクツ

From left to right : MA Yansong, Dang Qun, Yosuke HAYANO
Portrait by MAD Architects

http://www.i-mad.com/

Photos 1, 7 by GreatAR Images
Photos 2, 4, 6 by AC
Photos 3, 5 by Aogvision
Photo 8 by ArchExist





著者プロフィール
 
淵上正幸 Masayuki Fuchigami
建築ジャーナリスト。東京外国語大学フランス語学科卒。2018年日本建築学会文化賞受賞。建築・デザイン関連のコーディネーター、書籍や雑誌の企画・編集・執筆、建築家インタビュー、建築講演や海外建築視察ツアーの企画・講師などを手掛ける。主著に『ヨーロッパ建築案内』1~3巻(TOTO出版)、『アメリカ建築案内』1~2巻(TOTO出版)、『世界の建築家51人:コンセプトと作品』(ADP出版)、「巨匠たちの住宅 20世紀住空間の冒険」(青土社)その他がある。