2024.08.01建築

21世紀世界の先端建築を渉猟する 第76回
Ranging Over the 21st Century World Architecture (#76)

淵上正幸(建築ジャーナリスト) / Masayuki Fuchigami(Architectural Journalist)

The Reach(Extension of J.F.Kenedy Performing Arts Center)
ザ・リーチ(J.F.ケネディ舞台芸術センターの増築)

ワシントンD.C.のポトマック川越しにみた「ザ・リーチ」の全景。

●最高のアメリカ歴代大統領へのオマージュ

ワシントンD.C.を流れるポトマック川の河畔に、スティーヴン・ホールが設計した「ザ・リーチ」(J.F.ケネディ舞台芸術センターへの増築)は、なだらかな芝生の斜面に白亜の3棟が展開するさわやかな構成が素晴らしい。

J.F.ケネディ大統領への記憶として、「ザ・リーチ」は、ワシントンD.C.における歴代の大統領記念碑の中でも一頭地を抜く存在である。パブリック・イベントや刺激的なアートにより、「ザ・リーチ」は、創造的なプロセスの全領域に渡って、コミュニティ自体がアーティストと協同できる場所を提供している。

スティーヴン・ホール・アーキテクツによるデザインの「ザ・リーチ」の増築は、期待されていたリハーサル室や、教育および一連のフレキシブルな内外空間を「ケネディ舞台芸術センター」に追加し、同センターに芸術的、文化的、かつ充実的な機会を提供するリーダーシップを与えている。

「ザ・リーチ」のデザインは建築とランドスケープを巧みに融合させているという点において、ケネディ大統領への人々の生きている記憶の領域を拡大している。そのランドスケープ・デザインは、ケネディ大統領の人生についての、人々によって語り継がれてきた優れた実績の記憶なども含んでいる。

話題のランドスケープとは35本のイチョウが植樹された木立を意味している。イチョウは秋になると落葉する樹木である。その木立は第35代米国大統領のケネディ大統領のポジションを示している。すなわち35本は35代目を意味しているのである。

有名なアメリカ建築家であるエドワード・ダレル・ストーンによる記念的なオリジナルの「ケネディ・センター」に対する賞賛はそれとして、「ザ・リーチ」の3棟のパビリオンは、ランドスケープに溶け込んでいるのが特徴である。3棟はアウトドア・スペースを巧みに構成し、近隣にある世界的に有名な「ワシントン・モニュメント」や「リンカーン記念碑」、あるいはポトマック河畔をワイドに見晴らしている。

3つのパビリオンはグリーンの屋根の下で相互に接続されており、オープン・スタジオ、リハーサル&パフォーマンス・スペース、およびアート学習スペースを含む約6,700㎡ をもっている。増築の大部分をパブリック・ランドスケープの下側に配置することで、芝生による最大のグリーン・スペースをコミュニティに提供している。

「ケネディ・センター」からのライブ上演は、広い芝生の前にある一番大きなパビリオンの北側壁面に映し出される。ランドスケープは、下側にある内部空間を覆うグリーン・ルーフとして機能している。それはワシントンD.C.では最大で、約67,000㎡もあり、様々なカジュアルなパフォーマンスやイベントの機会を与えている。それは「ケネディ舞台芸術センター」を、未来に向けて、アート、教育、文化をつなぐマルチな場所へとステータスを高めているのである。

チタニウム・ホワイトのボードで形成されたコンクリート・パビリオンはランドスケープとうまく融合し、緩やかなカーブを描いて自然光を内部に引き入れる。離れてみると、コンクリートはモノリシックでシームレスに見えるが、また同時に施工プロセスの形跡を見せている。

全てが異なる形態によって、一定の幾何学的な表現を排しているが、3つのパビリオンは線織面(せんしょくめん)幾何学によって接続されている。このデザインは形態言語を生み出しており、コニカル(円錐形)な部分からハイパーボリック(双曲線)・パラボロイド(放物面)へと、パビリオン中に反射によって響かせており、内部へと音を散らしている。

高架のブリッジが道路の上をまたいでいるのがわかる。

白亜の造形的な建築がグリーンの芝生の上に連立する。白とグリーンのカラー・バランスが美しい。

アクセス側から見た「ザ・リーチ」。大きな開口部があり、内部に多量の自然光を取り込んでいる。

ライブのイベントを投影する壁面は、 コニカル(円錐形)な形態からハイパーボリック(双曲線)、パラボロイド(放物面)へと複雑な形を醸している。

夜景の道路越しに見た外観。ガラス張りの開口部越しに光が溢れ、道路を明るく照らしている。

夜景の芝生の傾斜面を見る。下側にある鋭角三角形の開口部からの明るい照明と明るい曲面壁の対比が素晴らしい。

エントランス・ホールの内部を見る。高い天井とフルハイトの開口部による開放感溢れる雰囲気が魅力である。

Design by Steven Holl Architects
設   計 : スティーヴン・ホール・アーキテクツ

Portrait by ©Ramak Fazel

https://www.stevenholl.com/

Photos by Iwan Baan
著者プロフィール
 
淵上正幸 Masayuki Fuchigami
建築ジャーナリスト。東京外国語大学フランス語学科卒。2018年日本建築学会文化賞受賞。建築・デザイン関連のコーディネーター、書籍や雑誌の企画・編集・執筆、建築家インタビュー、建築講演や海外建築視察ツアーの企画・講師などを手掛ける。主著に『ヨーロッパ建築案内』1~3巻(TOTO出版)、『アメリカ建築案内』1~2巻(TOTO出版)、『世界の建築家51人:コンセプトと作品』(ADP出版)、「巨匠たちの住宅 20世紀住空間の冒険」(青土社)その他がある。