2024.09.02建築

21世紀世界の先端建築を渉猟する 第77回
Ranging Over the 21st Century World Architecture (#77)

淵上正幸(建築ジャーナリスト) / Masayuki Fuchigami(Architectural Journalist)

Valley(Amsterdam,Netherlands)
ヴァーレイ(オランダ、アムステルダム)

近隣の公園から見た「ヴァーレイ」の偉容。不定形なデザインゆえに従来の建築形態に強烈なインパクトを与える印象である。

●デザイン志向型の先端集合住宅タワー

オランダのMVRDVといえば世界的に知られた建築家集団で、日本では新潟県の「まつだい雪国農耕文化村センター」や、東京・表参道には「GYRE(ジャイア)」などがある。MVRDVはヴィニー・マース、ヤコブ・ファン・ライス、ナタリー・デ・フリイスの3名のリーダーによる建築デザイン・事務所。非常にダイナミックなデザインで知られている。

彼らの近作「Valley」は英語で谷を意味するが、3棟のタワー群で構成される高層集合住宅で、意表を突く大胆な造形デザインは世界の建築界を瞠目させている。その建築の発想の原点は、ジオロジー(地質学)にインスパイアーされたものである。一部植物に覆われた「Valley」は、オランダのアムステルダムのザイダス地区に67m, 81m,100mの高さで建ち上がったスペクタキュラーで驚異的なキャンティレバーの集合住宅だ。この建築は2021年のエンポリス・スカイスクレイパー賞で世界第1位に選出されたまさに話題の建物である。

建物の特徴は、オフィス、集合住宅、店舗、ケータリング施設、文化施設などバラエティに富んだ施設を内包している。ザイダス地区には閉鎖的なビルが多いが、「Valley」は4階と5階でタワー間をうねって開放されており、だれもが外部の石造階段でアクセスすることが可能になっている。

「ヴァーレイ」は、アムステルダムのザイダス地区における冷たいオフィス環境に、グリーンやヒューマンなアトモスフィアを持ち込む試みであった。それは多面的な表情をもつ建築である。外壁のエッジ部分は滑らかなミラー・ガラスであり、それはビジネス街のコンテキスト合ったものなのである。このシェルの内側には、その様相とは全く異なり、より魅力的な自然の風貌を擁している。あたかもガラスブロックが崩れ去って、自然の石や緑がいっぱいの内部をさらけ出しているように。

3棟のタワーにある種々の位置から、息を呑むような都市の景観が満喫できる。だが一番高いタワーの頂上にあるスカイ・バーからのそれは圧巻である。ビジターがスカイ・バーにいくには、1階にあるモルテーニ店(著名イタリア家具メーカー)から入って到達できるようになっている。建物のレイアウトは、住民、働く人、ビジターなどの構成によって決まるが、ここでは地下3層の駐車場の上に、オフィス群が7階に渡って展開し、その上にアパートメントが位置している。

建物のほとんどは一般に開放されている。ストリート・レベルから「ヴァーレィ」の中央部まで、だれもがアクセスできる通路や、グロット(洞窟)と呼ばれるアトリウムがある。それは“サピエンス・ラボ”と呼ばれ、やがて完成が予定されている若き科学者たちを育成するスペースになっている。

グロットは二つの大きなスカイライトによって外部に開かれている。床、壁、天井は自然石で覆われ、同じ石が「ヴァーレイ」の外壁やタワーに使用され、建物のすべてのパブリック・エリアは、地質学的なデザインが施されている。

「ヴァーレイ」の設計と施工は完璧なオーダーメイドで、多くのデザイナー、エンジニア、施工会社、コンサルタント、クライアントの持続的な取り組みが必要であった。非常に複雑な形態は細やかなディテールを必要とし、それによって建物のデザイン・コンセプトが高度なものになった。

MVRDVの技術的なエキスパートはカスタム・メイドの建物を完璧にするためのディジタル・ツールを開発した。それにより個々のアパートメントが適切な明るさと景観をもっているか、あるいは建物のファサードに使用される形の異なる40,000個以上のランダムなストーン・タイルが可能かどうかをチェックするという大変な作業があった。

サッカー場側から見ると比較的に公園側よりは静かなデザインといえる。

ストリート側のエントランス・ファサードを見る。2棟間に外部階段が上昇して、4,5階まで続いているのがわかる。

俯瞰すると錯綜した形態となって不可解なフォルムとなる。

頂上近くの2棟間を見る。複雑なファサードから、キャンティレバーの住戸が飛び出しており、迫力ある都市景観は満喫できるが、恐怖も感じられそうだ。

タワーを見上げる。日本にはありそうにない複雑な集合住宅タワーである。

1棟のタワー頂上付近を水平方向に見る。施工の難しさが分かるデザインだ。

住戸のテラスを見下ろす。形は不定形だが広く居心地の良いアウトドア・ライフがエンジョイできる。

Designed by MVRDV
設 計 MVRDV

From left to right: Jacob van Rijs, Winy Maas, Nathalie de Vries

Portrait by MVRD

https://www.mvrdv.com/

Photos by Ossip van Duivenbode
著者プロフィール
 
淵上正幸 Masayuki Fuchigami
建築ジャーナリスト。東京外国語大学フランス語学科卒。2018年日本建築学会文化賞受賞。建築・デザイン関連のコーディネーター、書籍や雑誌の企画・編集・執筆、建築家インタビュー、建築講演や海外建築視察ツアーの企画・講師などを手掛ける。主著に『ヨーロッパ建築案内』1~3巻(TOTO出版)、『アメリカ建築案内』1~2巻(TOTO出版)、『世界の建築家51人:コンセプトと作品』(ADP出版)、「巨匠たちの住宅 20世紀住空間の冒険」(青土社)その他がある。