2024.12.13建築

21世紀世界の先端建築を渉猟する 第80回
Ranging Over the 21st Century World Architecture (#80)

淵上正幸(建築ジャーナリスト) / Masayuki Fuchigami(Architectural Journalist)

Nordpark Railway Station(Insbruck, Austria)
ノルドパーク駅(オーストリア、インスブルック)

”シェルとシャドウ“をテーマにした全体は、4駅のケーブルカー駅という。その最初の駅である地上レベルの駅の入口の夜景。キャノピーがザハ・ハディド流の曲線デザインとなって人目をひくフォルムを形成している。

●美景のインスブルックの街並みに現出したザハ・ハディドの遺作

ザハ・ハディドといえば、存命中は世界的に活躍した女性建築家として知られていた。その彼女が2016年にマイアミで不運な死を迎えて世界の建築界は寂しくなった。
彼女の能力を見出したのは、日本建築界の巨匠であった磯崎新である。香港のザ・ピーク国際コンペで彼女の卓抜なドローイングに彼は目を奪われた。以来彼女の活躍は目覚ましく、世界中を席巻した。その活動のスタートは日本からであった。札幌に完成した「ムーンスーン・レストラン」はインテリア・デザインだが、彼女の処女作品であった。その後「新国立競技場」コンペで惜しくも敗退した。

それより以前の2004-2007年に彼女のデザインで完成したのが、2,500㎡の「ノルドパーク駅」であった。インスブルックはオーストリア西部にあるチロル州の州都で、ウィンター スポーツの町として長い歴史のあるアルプスの都市である。また、帝国時代や現代の建築でも知られている。建築家ザハ・ハディド設計の斬新なデザインで生まれた駅がケーブルカーの「ノルドパーク駅」であり、市の中心部と高度 2,256 m の山頂駅を結んでいる。

この駅はザハ・ハディドの作品としては、2,500㎡の広さで規模は大きくないが、敷地が通常の場合と違って標高が高い。そのため交通機関の駅としての機能に加え、ザハは周囲に展開する景色の美しさを堪能できるデザインとした。例えばルーフ・フォルムは彼女が得意とする、流れるような流麗なデザイン。そのためうねった屋根があり、開口部が大きく開かれている。さらに展望デッキもデザインされているというサービスぶりである。乗客は景色の美しいこのエリアを一望のもとにエンジョイできるのである。

オーストリアのインスブルックにおける北側の山沿いにある駅のために、自然の氷形成によって啓発された“流動性”というユニークな建築言語が生まれた。軽量の有機的な屋根構造はコンクリート台座に乗って浮いており、その柔和な形と、コンタは、人工的なランドスケープを生み出し、内部の動きを表現している。各々の駅は、独自のユニークはコンテキスト、トポグラフィー、サーキュレーションをもち、デザインの重要な要素になった。

エレベーターでプラットフォームにあがると、そこもザハ流のうねった軽量のオーガニックな屋根架構のデザインとなっている。

夜景の駅全体を見下ろす。駅から漏れてくる光によって、複雑な構成となっているのが分かる。

最上階の駅に着くと、プラットフォームからさらに階段をあがって、外部テラスへと出ることができる。

最上階はうねった屋根&壁デザインの開口部から、インスブルックの雪を頂いた美しい山々が遠望できる。

最上階のテラスはコンクリートの台座にザハ・デザインの屋根がふんわりと乗っている印象だ。

広いテラスからはワイドに展開するインスブルックの美景が楽しめる。ザハ・ハディドのサービス精神があふれたデザインとなっている

降雪時の屋上。雪の白さと白亜のザハ・デザインが見事に融合している。雪国における建築と雪が奏でるアンサンブルの素晴らしさが楽しめる駅である。

Design by Zaha Hadid Architects
設 計: ザハ・ハディド・アーキテクツ

Portrait by Alberto Heras

Photos by Zaha Hadid Architects
著者プロフィール
 
淵上正幸 Masayuki Fuchigami
建築ジャーナリスト。東京外国語大学フランス語学科卒。2018年日本建築学会文化賞受賞。建築・デザイン関連のコーディネーター、書籍や雑誌の企画・編集・執筆、建築家インタビュー、建築講演や海外建築視察ツアーの企画・講師などを手掛ける。主著に『ヨーロッパ建築案内』1~3巻(TOTO出版)、『アメリカ建築案内』1~2巻(TOTO出版)、『世界の建築家51人:コンセプトと作品』(ADP出版)、「巨匠たちの住宅 20世紀住空間の冒険」(青土社)その他がある。