2025.01.27建築

21世紀世界の先端建築を渉猟する 第81回
Ranging Over the 21st Century World Architecture (#81)

淵上正幸(建築ジャーナリスト) / Masayuki Fuchigami(Architectural Journalist)

One River North (Denver, USA)
ワン・リバー・ノース (アメリカ、デンバー)

建物正面側をみる。緩やかなガラス張りの曲面ファサードに亀裂が入っており、デンバー市民の度肝を抜く形状になっている。

●ファサードに自然景観を盛り込んだ驚異的なデザイン

アメリカ、コロラド州のデンバーに、中国の建築家集団MADがデザインした、16階建ての複合開発である「ワン・リバー・ノース」は、驚異的なファサードを持つ建築で話題となっている。

単なるアパートメント・ビルではなく、垂直的な自然のランドスケープであり、キャニオン(峡谷)の中を住民がハイキングのように歩き回ることができる。峡谷は6階から9階に渡って構成されており、滝の音が聞こえてくる仕組みだ。

このイノベイティブなデザインは、急速な都市化が進行するデンバーの住民に自然体験をさせる目的でデザインされた。「ワン・リバー・ノース」はデンバーが必要とする高密度なアーバン・ハウジングを生み出し、他方福祉や安全に歩ける近隣界隈も構成されている。

建物は187戸の賃貸住戸が15階建ての建築に収められている。約840㎡の1階には、店舗スペースが数多く展開され、近隣界隈に馴染んでいる。外壁材や植栽は内部空間に進入し、インドアとアウトドアの結びつきが密接となっている。

キャニオン(峡谷)と呼ばれる4階分のオーガニックなアメニティ・スペースは、建物全体の表層にある端正な幾何学的なラインに対峙したデザインだ。この特徴あるデザインは、1,200㎡のランドスケープ・テラスであり、コロラド市の息を呑むような都市景観を鑑賞できる。さらに住民と自然環境の強固なつながりを育むように、水による演出もデザインされている。

さらにファサード全体に彫り込まれたキャニオン的なストラクチャーが、没入体験的な自然体験ができるデザインとなっている。それがインドア・スペースとアウトドア・スペースをミックスさせ、自然と建築の境界を曖昧にさせるというユニークな効果を発揮している。

キャニオンに触発されたアメニティー・エリアにはアウトドアのベンチをはじめ、シェアされた部屋、フィットネス施設などがあり、これら全ては住民同士の良好な関係を培うためにデザインされた。

コロラドの多種にわたるバイオーム(生物群系)からインスピレーションを引き出すことで、そのランドスケープ・デザインは同州の自然条件やユニークな植生を反映させていることが分かる。それは流れゆく四季の変化に準じている。

そのランドスケープは注意深く厳選された植物群によって、時間の経過とともに、グリーンが繁茂してキャニオンのように茂って栄えた環境をつくる。それが住民の体験を高め、近隣コミュニティへ寄与するのである。

建物のファサードにあるキャニオンは、ストリート・レベルより16階上にあるランドスケープされたルーフ・テラスにまで及んでいる。このスペースには水泳プールやスパがあり、ロッキー山脈やデンバーのスカイラインの素晴らしい景色を満喫できる。

「ワン・リバー・ノース」はフィット・ウェル認証(運用基準を認証し、居住者の健康と福祉を促進することによって、居住者の資産に価値を付加する健康福祉認証)を取得している。それは住民の物理的&精神的福祉の向上を認証するものである。

この認証は全世界で1,000以下しかなく、この複合施設のイノベイティブなアプローチも認証されている。徹底的に厳選された没入型の生活体験はプレイスメイキングを強調し、コミュニティ感覚を育む。「ワン・リバー・ノース」は、人間の健康や福祉に照準をあわせた都市生活の新しい基準を生み出したのである。

すでにリバー・ノース・アート地区やデンバー全域にわたって、見逃せないランドマークとなった「ワン・リバー・ノース」は、複合施設ビルにフレッシュなパースペクティブを付加した。それは自然、ライフスタイル、利便性、コミュニティなどを、現代の集合住宅につぎ込んで完成した。それは今後数多くの同種の集合住宅の到来を予兆している。

日差しを浴びたファサードをみあげる。亀裂の中にうねる構造体が見える。

亀裂部分のクローズアップ。生物的な様相にも見える。

夜景の亀裂をみる。縦格子の壁面と亀裂の対比が強烈なコントラストを見せている。

夜景の亀裂内部を見る。左側に上昇する階段があり、その右側に植栽があり、その右側は階段状になった滝で水が流れている。

昼間の亀裂内部。テーブルや椅子が配されてダラスの街並みをエンジョイできる。

夜景の建物を見下ろす。屋上にはプールが配されたテラスとなっている。

住戸のリビングを見る。天井や窓が有機的な曲面となってソフトな印象だ。

Design by MAD Architects
設 計 : マッド・アーキテクツ

Portrait by MAD Architects

Photo 1, 6 by ArchExist
Photo 2, 3, 5, 7, 8 by Zhu Yumeng
Photo 4 by CreatAR

著者プロフィール
 
淵上正幸 Masayuki Fuchigami
建築ジャーナリスト。東京外国語大学フランス語学科卒。2018年日本建築学会文化賞受賞。建築・デザイン関連のコーディネーター、書籍や雑誌の企画・編集・執筆、建築家インタビュー、建築講演や海外建築視察ツアーの企画・講師などを手掛ける。主著に『ヨーロッパ建築案内』1~3巻(TOTO出版)、『アメリカ建築案内』1~2巻(TOTO出版)、『世界の建築家51人:コンセプトと作品』(ADP出版)、「巨匠たちの住宅 20世紀住空間の冒険」(青土社)その他がある。