2018.10.03建築

21世紀世界の先端建築を渉猟する 第6回
Ranging Over the 21st Century World Architecture (#6)

淵上正幸(建築ジャーナリスト) / Masayuki Fuchigami(Architectural Journalist)

マギーズ・センター・バーツ(イギリス,ロンドン)
Maggie’s Center Barts(London, United Kingdom)

セント・バーソロミューズ病院広場のコーナーに立つ「マギーズ・センター・バーツ」。左手のジェームズ・ギブス設計の建物に接している。1階コーナーの透明部分がメイン・エントランス。
 

3重の器に秘められた安らぎの空間

アメリカの建築評論家チャールズ・ジェンクスといえば、1970~1980年代に隆盛を極めたポスト・モダン建築の明晰な評論で世界的に知られた存在であった。日本では1978年に『ポスト・モダニズムの建築言語』(訳=竹山実/a+u)が出版されたので、ご存じの方も多いと思われる。
 
彼の先妻で造園史家のマギー・K・ジェンクスが乳がんでなくなる前、自分の苦しい闘病体験から心に抱いていたのが「がんサポート・センター」の青写真であった。病院での治療には含まれないがん患者への癒し、安らぎ、心のサポートを無料で提供する施設。その遺志を継いだのが、夫のジェンクスや担当看護婦のローラ・リーであった。
 
「マギーズ・センター」として具体化された建築は、建築評論家であるジェンクスにより著名建築家に設計が依頼されてきた。現在イギリスには20数件が完成しているが、ゲーリー、フォスター、ロジャーズ、ザハ、黒川紀章などが参加。海外では香港や日本にも完成し、今回ロンドン・バーツの建物をスティーヴン・ホールが担当した。

ロンドン中心部の敷地は、12世紀に創設されたロンドン最古の病院であるセント・バーソロミューズ病院の中庭に隣接。というのは、ほとんどの「マギーズ・センター」は患者が治療を受けやすいように、病院のそばに位置を占めるようにつくられているのだ。
 
またほとんどの「マギーズ・センター」が水平的な1階建ての建物であるのに対し、ここでは歴史豊かな敷地に3階建てと垂直的な構成になっている。建物はジェームズ・ギブス設計による17世紀の由緒ある石造建築に隣接する、1960年代の実用的なレンガ建築の建て替えとして建設された。
 
スティーヴン・ホールが考案したデザイン・コンセプトは、”Vessel within a vessel within a vessel”(器の中の器の中の器)という語呂合わせのような面白い表現。建物の外皮にマット状ホワイト・ガラスを使用し、これにカラー・ガラスの断片をメコンでソフトできれいな外壁を形成している。
 
カラー・ガラスの断片は、13世紀中世音楽の譜面であるネウマ譜の表記法を参照したもの。”ネウマ”とはギリシャ語の”プネウマ”から来た言葉で、生命力を意味する。それは生命の息吹を暗示し、人にインスピレーションやパワーを与える。さらに外壁は譜面の五線紙のように、水平的な帯が走っている。
 
ガラス外壁の内側には、RCの構造体が小枝のように分枝して伸び上がっている。そしてさらに、構造体の内側にバンブーでつくられた内壁がインテリア空間を覆っている。つまり最初の器がガラス外壁であり、2番目の器が小枝状のRC構造体であり、3番目の器がバンブーの内壁となり、”器の中の器の中の器”が構成されている。
 
3階建ての建物は、構造体にインテグレートされた湾曲するオープンな階段が周囲を巡り、その中に3層に渡ってオープンなバンブー・スペースが垂直に積み重ねられている。音楽の五線紙のような外壁のパターンは、90cm間隔をもつ水平ストライプで、北側では主階段の傾きに沿って傾斜し、東側ではメイン・エントランスのある1階の透明ガラスの上側(2階)では水平に走っている。東側にも入口があり、隣接する教会の中庭に向けてオープンになっている。
 
3階にはテラスがあり、それを取り囲むように、ヨガ、太極拳、ミーティングなどの活動スペースがある。インテリア全体ではカラフルな光のパターンが壁や床に映り、1日の時間や季節によって変わっていく。セント・バーソロミューズ病院広場のコーナーに、不透明なホワイト・ガラス建築が、新しい楽し気な輝くたたずまいを見せている。
 
北東側立面。ホワイト・ガラスにカラー・ガラスの断片が散りばめられた可愛く楽しげなファサードを見せている。右手のコーナーブに東側入口がある。

西側のコーナー部分を見る。右手のファサードから透明部分が立ち上がり、左手のファサードでは五線紙のようなストライプが水平になる。

左手の石造建築と隣接部分のクローズアップ。

1階内部のロビー空間。ファサードのストライプは階段の傾斜に合わせて上昇している。

竹がふんだんに使用された2階ホール。右手はカウンセリングルーム。

2階から3階への階段室。RCの構造体が枝のように広がって伸びている。

3階のヨガ、太極拳、ミーティングの活動スペースはテラスに面して明るい

テラスから内部を見る。屋根は草葺きのサステイナブル・デザイン。

1階平面図

2階平面図

3階平面図

断面図

ネウマ譜のファサード・スケッチ

 ”器の中の器の中の器”のコンセプト・スケッチ

スティーヴン・ホール
Steven Holl
Portrait by Mark Heithoff

 
Photos by Iwan Baan
Watercolors by Steven Holl
 
Design: Steven Holl
設 計:スティーヴン・ホール
著者プロフィール

淵上正幸 Masayuki Fuchigami
 
建築ジャーナリスト。東京外国語大学フランス語学科卒。2018年日本建築学会文化賞受賞。建築・デザイン関連のコーディネーター、書籍や雑誌の企画・編集・執筆、建築家インタビュー、建築講演や海外建築視察ツアーの企画・講師などを手掛ける。主著に『ヨーロッパ建築案内』1~3巻(TOTO出版)、『アメリカ建築案内』1~2巻(TOTO出版)、『世界の建築家51人:コンセプトと作品』(ADP出版)その他がある。