2018.12.10建築

21世紀世界の先端建築を渉猟する 第8回
Ranging Over the 21st Century World Architecture (#8)

淵上正幸(建築ジャーナリスト) / Masayuki Fuchigami(Architectural Journalist)

パレスチナ美術館(パレスチナ,ビルゼッド)
The Palestinian Museum (Birzeid, Palestina)

東側上空から建物を俯瞰する。日本では考えられないような荒地の丘のうえにある。アルファベットの「W」のような屋根の形がユニークだ。

ウエスト・バンクの丘に座した超幾何学的美術館

エルサレムの北25kmにあるウエスト・バンクの都市ビルゼッド。ヘネガン&パァンの設計による「パレスチナ美術館」は、2017年9月に当地に開館した。建物はパレスチナの歴史、文化、社会における画期的な出来事を反映したデザイン。敷地は丘の上にあり、ライムストーンをまとった建物は、敷地のランドスケープから生み出されたかのように長く伸びて、かつては荒れていたが、ランドスケープ・デザインをほどこされた近隣環境の中にスマートな姿態を現わしている。
 
「パレスチナ美術館」へのアプローチは、段状のランドスケープの歴史に頼っている。つまり建物を敷地にそのまま埋め込み、それはかつてこの地にあった段状の農耕地の名残でもある。
 
美術館を上空から俯瞰すると、パレスチナ特有の荒涼とした丘の上にあるのがわかる。しかし建物周辺はランドスケープ・デザインが施され、緑が多数植え込まれている。それ以外の斜面は全くの荒地だ。この地に文化的な美術館を建設することは理解しがたいが、おそらく深い戦略的な意図があると思われる。
 
建物は西側に向けてアルファベットの「W」を平たく書いたような形態。南北に平たい「V」字形をふたつ連続させ(南棟と北棟)、それぞれの屋根が中折れになっている複雑なhルーフスケープだ。ヘネガン・パァン・アーキテクツは平面的にも立体的にも非常にシャープでジオメトリックな形態を生み出したが、これは一体何から発想したものか。
 
俯瞰写真をサイド見ると、野石を積んでできたかつての農耕地の段差ラインが、美術館の輪郭や屋根ラインにそっくりなのがわかる。ヘネガン・パァン・アーキテクツは現地の丘に展開されたランドスケープ・デザインと軌を一にし、段差ラインが折れ曲がる角度やその長さにインスパイヤーされた。
 
建物自身はランドスケープから出現し、強烈な幾何学的プロフィールを丘の上に見せている。ランドスケープにインテグレートしつつも、独特なアイデンティティをもつ主体的なフォルムを創造している。ほとんどは1階建てだが、建物は丘の頂上に沿って南側から北側へと、西側ガーデンを見晴らすように伸びている。
 
1階にはエントランス・レセプション、美術管理室、ギャラリー群、映写室があり、カフェは北棟にあり、広い西側ガーデンに向けて開放されている。他方南棟からは、下階レベルにある石積みのアンフィシアターを見下ろすことができる。
 
南棟下階には、ワークショップ、教室、オフィス・スペースをもつ公共の教育&研究センターがある。センターは西側のアンフィシアターに開放されている。下階には教育&研究センターに加えて、アート・コレクション・スペース、写真アーカイブ、美術品取扱い室があるが、一般には開放されていない。これらの空間は南棟の東側にある配達ヤードに面している。
 
「パレスチナ美術館」は、パレスチナにおいて、初めてグローバルなサステイナブル・デザイン評価制度であるLEEDの認証を受けたメルクマール的建築である。

 
北西側から俯瞰した全景。屋根形も立面形も鋭角3角形のパターンが用いられているシャープな印象だ。手前の斜面はランドスケープ・デザインが施されている。

アプローチ歩道越しに見たファサード。手前左が西側ガーデン。正面奥にある段状の庭はアンフィシアター(円形劇場)。

俯瞰した建物のクローズアップ。屋根形や建物の輪郭が、右手に見える傾斜面に作られた段差ラインにそっくりだ。

ランドスケープ・デザインによってできた段差のあるジグザグ状アプローチ歩道。

北棟側の広い西側ガーデン。奥の方にカフェのテーブルや椅子が出ているのが見える

南棟の西側のアンフィシアター。南棟は2層で下階レベルがアンフィシアターに開放されている。

西側アンフィシアターを見下ろす1階通路。

北棟1階のエントランス・レセプション。 

空撮した丘の斜面。美術周辺はランドスケープ・デザインされてきれいだが、大部分の斜面は緑が全くない荒地となっている。

配置図

1階平面図

下階平面図
 
南北断面図

東西断面図

Roisin Heneghan
Shin-Fu Peng
Portrait by Joanne Murphy
 
 
Photos by Iwan Baan/ Courtesy of heneghan peng architects
 
Design: henegan peng architects
設 計:ヘネガン・パァン・アーキテクツ
著者プロフィール

淵上正幸 Masayuki Fuchigami
 
建築ジャーナリスト。東京外国語大学フランス語学科卒。2018年日本建築学会文化賞受賞。建築・デザイン関連のコーディネーター、書籍や雑誌の企画・編集・執筆、建築家インタビュー、建築講演や海外建築視察ツアーの企画・講師などを手掛ける。主著に『ヨーロッパ建築案内』1~3巻(TOTO出版)、『アメリカ建築案内』1~2巻(TOTO出版)、『世界の建築家51人:コンセプトと作品』(ADP出版)その他がある。