2019.03.08建築

21世紀世界の先端建築を渉猟する 第11回
Ranging Over the 21st Century World Architecture (#11)

淵上正幸(建築ジャーナリスト) / Masayuki Fuchigami(Architectural Journalist)

フォロ・ボカ(メキシコ、ヴェラクルス)
Faro Boca(Veracruz, Mexico)

マッシブなコンクリート・キューブを多数組み合わせた建築は、右手にハマパ川、背後にメキシコ湾を擁する敷地。手前の角にあるキューブの下側がエントランス。

辺境に生まれた地元に与する都市開発起爆剤

メキシコ・ベラクルス州の港町ボカ・デル・リオ。メキシコ・シティから真東方向に300~400kmほど行った、メキシコ湾に面するボカ・デル・リオは文字通り”河口”を意味する名前で、市内を流れるハマパ川の河口に「フォロ・ボカ(河口フォーラム)」はある。
 
2014年、同市にボカ・デル・リオ交響楽団が結成された。その活動を通してローカルや海外のミュージシャンなど共に多種にわたる音楽表現を展開してきた。建物はボカ・デル・リオ交響楽団のホーム・グラウンドとして生まれたもので、ヴェラクルス州の文化的中心の役割を担っている。
 
敷地は海とハマパ川を分ける防波堤の脇にあり、海岸通りであるヴィセンテ・フォックス・アヴェニューの端部でもある。建物は市中心部のダイナミズムを海岸通りに呼び込み、このエリアの近代化を促進させる都市開発の起爆剤として機能することが求められた。「フォロ・ボカ」はこのエリアにおけるインフラストラクチャーをリノベし、そのアーバン・イメージを刷新することが期待されている。
 
コンサートホールがこれほど海に近い場所に存在するのは、世界的に見ても珍しい。嵐の時などはまともに波をかぶるような建物は、コンクリート・キューブという永久不滅の堅固なつくりの中にコンサートホールを擁している。コンサートホールは、音響、舞台芸術、劇場メカニクスなどにおける国際的スペシャリストや、メキシコの専門家の知識を結集したつくりで、メキシコでは最もソフィスティケートされたコンサートホールと言われている。
 
建物は海岸に沿って長手側面を置き、エントランスがあるキューブを川側に配した構成だ。エントランスは建物川側のコーナーにあるキャンティレバーのキューブの下にある。ところが建物の側面から見ると、その量塊性のあるキューブが宙に浮いているように見え、外観デザインの特徴になっている。
 
重々しい雰囲気を醸す建物は、コンクリート・キューブを多数組み合わせた方が、分節された形態が特徴だ。これらのキューブは防波堤を形成している岩石群を参照している。RCの外壁は木版を傾けて張ったパターンとなっており、その傾きは各キューブで異なっている。また内部の3層吹き抜けのロビーなども同様、木版パターンとなっている。
 
一番高くて長いキューブには966席のコンサートホールがある。RC打ち放しの壁面は気になるが、それ以外のステージ、客席、バルコニー席などは木製だ。その他、シネマ、ダンス、演劇用の150席の小ホールがある。また木製階段で連結された内部空間には、所々に隠されたような小スペースがあり、小さなシネマ、演劇、ダンス、パフォーマンスなどができるようになっている。
 
建築家ミッチェル・ロイキンドは、辺境とも言えそうな最果ての地に、大きな都市起爆剤を打ち込んだが、地元コミュニティにも与する小規模なイベントにも対応したデザインは素晴らしい。
 
エントランス・キューブを正面から見る。このキューブのみがキャンティレバーで浮いている。

側面から見たエントランス・キューブ。量塊性のある重々しいマッスが宙に浮いている不思議な印象が面白い。

3層吹き抜けたエントランス・ロビー。右手奥のガラス戸がエントランス・ドア。正面中央の木製階段を半分上がって、斜めのRC壁面にあるコンサートホールに入る。

966席のシンプルなコンサートホール。RCの壁面が音響的に気になるが、それ以外のステージ、天井、バルコニー席などは木製。

ブリッジや階段の手摺りはすべて木製。正面の階段は3階のロビーに通じ、そこから屋上テラス(開口部が少し見える)に出ることができる。

2階のバー(右手)の前の小スペースで演奏する小楽団。内部壁面も外部壁面と同様、RC壁面に木版パターンが見える。

夜間のエントランス・キューブの壁面に、コンサートホール内部の演奏シーンが投影される。

海と川を隔てる防波堤の根元に位置した「フォロ・ボカ」は、美しくも茫洋な景観の中に座したオブジェと言えそうだ。

1階平面図

2階平面図

3階平面図

断面パース

俯瞰パース

Rojkind Arquitectos
Michel Rojkind
Portrait: ©Santiago Ruizsenor
 
 
Photos: 1,2,3,5,6,9=©Jaime Navarro & 2,4,7,8=©Paul Rivera
Photos & Materials: Courtesy of Rojkind Arquitectos
 
Design: Michel Rojkind
設 計:ミッチェル・ロイキンド
 
著者プロフィール

淵上正幸 Masayuki Fuchigami
 
建築ジャーナリスト。東京外国語大学フランス語学科卒。2018年日本建築学会文化賞受賞。建築・デザイン関連のコーディネーター、書籍や雑誌の企画・編集・執筆、建築家インタビュー、建築講演や海外建築視察ツアーの企画・講師などを手掛ける。主著に『ヨーロッパ建築案内』1~3巻(TOTO出版)、『アメリカ建築案内』1~2巻(TOTO出版)、『世界の建築家51人:コンセプトと作品』(ADP出版)その他がある。